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明治30年代、次第に家庭料理にも西洋料理が普及しはじめ、和洋折衷料理や新案料理が绍介されるようになってきた。しかし「男子厨房 ちゅうぼう に入らず」で、男が食べ物についてとやかく言うものではない、とされていた时代である。
弦斎は『食道楽』春?夏の巻の口絵にそれぞれ大隈伯爵邸、岩崎男爵邸の台所を详密に実写し、极めて清洁で料理器具が整顿され、立働きの便利さと全体の卫生的な点をあげて台所の重要性を巻头で明确にしている。そして「台所の事に注意せざるは我が生命を重んぜざるに斉 ひと し」と言い切る。生活の根源である台所は家屋の中心点であるから十分に金を悬け、全体に明るく、构造は最も便利に最も卫生的に建てなければならないと説いた。その工夫は、屋根に硝子 がらす 张りの大きな明かり取りを设け、台所全体を明るくする。石炭や炭薪の代わりに火が要る时はネジをひねるだけで强くも弱くも自在にでき、何时间も平均な热度の得られる瓦斯 がす ストーブを设置する、として台所の改筑を荐めている。 |
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大隈伯爵邸台所の図(山本松谷画)
増補註釈版 『食道楽』 春の巻口絵
(キッコーマン国际食文化研究センター蔵) |
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岩崎男爵邸二阶建台所阶上の真景
(水野年方画)
増補註釈版 『食道楽』 夏の巻口絵
(キッコーマン国际食文化研究センター蔵) |
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弦斎邸台所。多嘉子夫人と长女米子
(平塚市博物馆蔵) |
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