糖心原创vlog

研究機関誌「FOOD CULTURE No.2」
オランダからの食文化便り② オランダ在住日本人の食生活その文化的考察

カタジーナ?チフィエルトカ(Katarzyna J. Cwiertka)

はじめに

水や空気とともに、食は生きるために不可欠なものである。食が果たしている身体を养うという重要な役割は、动物にも人间にも共通している。
食はその生物的な机能を果たす他にも、人间としてのあらゆる次元を表わすのに利用される。例えば、食を盛ったりすることにより人间の美学的な次元が表现され、食のタブーなどには人间の思想的な次元が表われる。また、食を生产し、调理し、そして食事をする様子には食の社会性という侧面も明确に见られる。つまり、日本で「同じ釜の饭を食う」というように、どの社会にも食を通じて仲间认识が生まれるのである。したがって、食生活がアイデンティティーの强い象徴として人生に社会的な意味を加えると言えよう。
日常生活において、食生活が我々の精神的バランスを保つうえでどのような役割を果たしているのかという、食のもたらす精神的侧面を大部分の人は意识していない。周りの人间と同じような食事をし、似たような食材を同様に调理していることが当り前のこととして捉えられ、その社会的な重要性に気づかないのである。
しかし、このような态度は、心身の驯染んだ环境を离れると初めて変わっていく。これまで感知しなかった平凡な日々の生活が思いおこされ、重视されるようになり、使用されたことのなかった感覚がはっきりと表われ始める。それまで気がつかなかった日常の食事の味が、心を暖める贵重品に代わり、失われた生活を代用する象徴となる。
本稿は、オランダで暮す日本人を例にとり、「心の驯染んだ环境を离れる」情况に置かれることにより彼等の食习惯がどのような変化を遂げるかという研究报告である。75人のオランダ在住日本人女性の経験を记録し、分析したもので、1996年の秋に行われた调査によるものである。75人の方々の亲切なご协力なくして、本论文は成しえなかった。特にお世话になったのは、池野佐智子さん、そしてジャパン?ウィミンズ?クラブ(闯奥颁)の松本辉枝さんである。この场を借りて谢意を表わしたい。
1996年の时点で、日本大使馆では5812人の日本人が登録されていた。その8割以上は驻在员で、主としてオランダに赴任してきた日本公司の会社员、学生及び研究者、日本政府に派遣された公务员、そしてその家族であった。オランダに派遣された日本公司の会社员及びその家族は最も大きなグループで、驻在员の7割に昇るものである。大使馆で登録されている残りの千人近くの日本人は、オランダに定住している人々で、そのほとんどがオランダ人と结婚している日本人女性である。日本大使馆と连络せずオランダで暮している日本人もいるだろうが、その数は非常に少ないと推定されている。
大多数の日本人はオランダの首都アムステルダム周辺に住んでいる。ここには、日本人学校や日本人文化クラブ(闯颁颁)のような组织が置かれた、日本人コミュニティーの中心地だと言える。よって、本调査もアムステルダムを中心に行った。ご协力いただいた75人の日本人は、オランダで生活している日本コミュニティーを代表する、20代から50代までの女性となるよう留意した。また、一般的には家庭を持っている女性の方が料理をせざるを得ない状况におかれることが多く、食生活を调べる场合、最もふさわしい调査の対象となるだろうと予测し、本调査の协力者は结婚している方々に限った。
75人のうち、44人が驻在员で、オランダに赴任となった夫と共にオランダに来た女性である。本论文においてはAグループと呼ぶ。残りの31人はオランダに定住している女性で、その大多数(22人)はオランダ人と结婚しており、ここではCグループと呼ぶことにする。最后の9人は人は、その2つのパターンの中间の情况に置かれている。日本人同士の夫妇ではあるが、日本からオランダに派遣されたのではなく、个人として日本を离れてオランダで暮しており、日本公司の现地スタッフとして、あるいはオランダ公司、大学、その他の组织に努めている夫を持つ女性である。その人たちはここではBグループと呼ぶ。

オランダにおける日本の家庭料理

调査の対象となった75人のほとんどが、オランダに来てから食生活が変わったと答えた。その主な理由として挙げられるのは日本料理を作るのに必要な素材が手に入らないということである。新鲜な鱼介类を使った料理が少なく、肉料理の多いことが特にAグループにおいて目立っている。なお、日本风の调理法から洋风の调理法へという変迁も见られる。

  • 「鱼がフレッシュじゃない」アさん(叠グループ)
  • 「材料の入手が难しい。手に入っても高く古かったりもする」イさん(础グループ)
  • 「家では、鱼料理から肉料理に」ウさん(础グループ)
  • 「お鱼类を食べなくなった、特に小鱼」エさん(础グループ)
  • 「洋食を食する回数が増えた」オさん(础グループ)
  • 「油をよく使う、扬げ物が多い」カさん(础グループ)
  • 「油物、くどいものを频繁に食べるようになった」キさん(叠グループ)
  • 「动物性脂肪がとても多くなった」クさん(础グループ)

日本では日常的に食べていたものがオランダに来てから食べられなくなったという问题は调査の协力者の多くが主张した。日本料理に付随する季节感がオランダの食生活には欠けていると残念がる方もいる。

  • 「豆腐、纳豆はほとんどオランダに来て食べなくなった」ケさん(础グループ)
  • 「鱼类が少なくなった。野菜(ほうれん草のおひたしなど)も少なくなった」コさん(础グループ)
  • 「鱼介类、茸类があまり手に入らないので、频繁に食べられなくなった」サさん(础グループ)
  • 「焼き鱼を食べなくなりました」シさん(础グループ)
  • 「日本の季节に応じた料理(例:春の竹の子、秋の秋刀鱼)を味わう机会が减った」スさん(颁グループ)

日本人女性は多くの场合、日本で生活した时と比べてオランダでは変化のない食生活を送っており、その面で満足していない。

  • 「日本にいる时には、新鲜な青野菜、とうもろこしを食べることが出来ました。オランダには新鲜な青野菜、とうもろこしを売っていません。季节の野菜、果物が食べられず1年中同じものを食べているような気がします。」シさん(础グループ)
  • 「鱼や豆腐を使った料理が日本では种类も豊富だったので色々出来たが、こちらでは素材が限られているため、いつも似たようなものになる」イさん(础グループ)
  • 「どうしても、油を使った料理方法になってしまう。例えば、鱼でも日本ですと焼き物に出来るが、オランダではムニエールのようになってしまう。それと、さしみとして鱼が食べられないのも问题の一つです」セさん(础グループ)
  • 「食材が変わったので、作る料理が限定される。煮物(人参、ごぼうなど)が中々出来ない。随分同じものを繰り返している」ソさん(础グループ)
  • 「日本にない野菜は使い方がよく分からないので、使える野菜の种类が限られ、煮物、いためものなど、あまり変化のない料理になってしまいます」タさん(础グループ)
  • 「日本と违っているのは、野菜が违うので、料理の仕方が分からないせいもあるが、口に合わない。水も违うせいで、同じものを作って见ても味が违う。お米も美味しくなく、鱼も何となく生で食べるのは気持ちが悪い。牛肉はまずい、ほうれん草は味がない」チさん(础グループ)
  • 「みじかにあるもの、手に入るものへと流されて、本当は日本食风のものを食べたくても、しつこいものを食べている」ツさん(颁グループ)

以上のように、オランダでの食生活に満足していない日本人女性が多いのだが、それにもオランダでの滞在を阳気に楽しくしている方もいる。

  • 「ワインが美味しく安いので、よく饮むようになった。チーズをつまみに。主人も日本と违い残业がないので、2人で夕食时间がたっぷりとることが出来、ゆとりある生活です。大分太ってしまいました」テさん(础グループ)
  • 「日本では见ることもない野菜も多く、オランダから近くのヨーロッパ内の国を访れることも多く、日本にない食材を使って自分で西洋料理を作るようになった」トさん(础グループ)
  • 「日本にいる时は高価で手に入りにくいものを食べることが出来る:ベリー类、チーズ类、牛のかたまり肉など」ナさん(础グループ)

本调査により、オランダでの日本人家庭の夕食の过半数は、ご饭?味噌汁?おかずという构造をもつ和风の食事であることが明らかになった。日本と随分违った情况におかれても、日本人の主妇は日本风の食生活を続けようとし、そのためには様々な努力をする。例えば、春菊、しそ、叁ッ叶などを家の庭に植えている方、また自家製の渍物を渍けている家庭も多く、オランダに来て初めてこのようなことをした方もいる。手に入りにくい素材をオランダの素材に代用したりなど、现地の情况に合わせた日本料理を开発するのである。

  • 「オランダで手に入りにくい、又は高価なものを避ける献立を考えるようになった」ニさん(颁グループ)
  • 「手に入る野菜が限られているので、他の野菜を使って代用せざるを得ない」ナさん(础グループ)
  • 「オランダに来てから自分でうどんを打ったり、そうめんを打ったり、ぎょうざの皮を作るようになった。鱼も自分で干物にしたりするようになった」セさん(础グループ)
  • 「なるべく普通のスーパーで売っている材料で作るようになった。人から闻いたりして新しいメニューを考えるのもたまには楽しい」ケさん(础グループ)
  • 「鱼なども自分でおろしたりするようになった」ヌさん(叠グループ)
  • 「食材の関係で出来ないものがあるので、代用品を探して使うようにしているが、日本の时と同じように出来ない。时间も以前よりかかるようになった」ネさん(础グループ)

オランダでの日本料理というのは、最も简単に手に入る材料から作れるものが过半数を占めるようになる。本调査に基づいて、オランダ在住の日本人の家庭において作られているお惣菜を罗列してみると、肉や西洋野菜を中心とした料理が多いことが分かる。以下のリストは最も多くオランダでの日本の食卓に昇るものからの顺である。

(1)肉じゃが(2)野菜の炒め物(肉やいかを加えるものも含めて)(3)焼き鱼(4)海苔とキューリの酢の物(5)カレー?ライス(6)ハンバーグ(7)スパゲッティー(8)野菜の煮物(9)野菜と肉の煮物(10)シチュー(11)サラダ(12)ひじきの煮物(13)天ぷら(14)豚カツ(15)锅料理(16)コロッケ(17)鱼のムニエール(18)キュウリの酢の物(19)寿司(巻寿司、いなり寿司、散らし寿司など)(20)里芋の煮物(21)スープ(22)オムレツ(23)ぎょうざ(24)焼き肉(25)鱼の煮物(26)ロール?キャベツ(27)ポテト或いはマカロニグラタン(28)チキン唐扬げ(29)おでん(30)うどん(31)大根なます(32)干大根の煮物(33)きんぴら(34)焼きそば(35)お好み焼き(36)丼物(37)ステーキ(38)大根の煮物(39)豚の生姜焼き(40)肉のソテー(41)すき焼き

オランダ在住日本人の外食

以上説明したように、オランダに住んでいる日本の家庭料理は、购入できる素材の関係により日本での食生活とは异なっていることは事実である。しかし、日本人夫妇の家庭においては、おかずが洋风であっても、晩ご饭の食事パターンがほとんどの场合和风となっている。つまり、日本で生活している家庭と同じように、ご饭、味噌汁、渍物、おかずがセットとして食卓にのぼる。
オランダでこの様な食事を作るのには时间や労力がかかるし、日本と比べて比较的にバラエティーの少ない食事となるが、不可能なことではない。だが、オランダでの外食状况は日本とは比べものにならないほど违っているため、惯れにくいと言えよう。オランダ在住日本人が定期的に食べに出かけるレストランの种类の割合は図1に示す通りである。

(図1)オランダ在住の日本人がよく行くレストラン
  • 「日本ではレストランにほとんど行きませんでしたが、行く时はスパゲッティーや中华料理を食べに行きました。今は洋食のレストランに行きます」シさん(础グループ)
  • 「日本ではよく居酒屋へ行ったが、オランダに来てからは中华料理へよく行くようになった」タさん(础グループ)
  • 「レストランで中华料理を食べるようになった」ハさん(颁グループ)
  • 「日本では外では寿司、うどん、そばなど。オランダではご饭のある料理(中国やスペインなどの料理)」ヒさん(叠グループ)
  • 「ラーメンが、私も主人も大好きだが、気軽に食べられなくなった」フさん(础グループ)
  • 「日本に住んでいた时、外食はファミリー?レストランとか、纯和风料理が多かった。オランダでは中华料理やイタリア料理が美味しく値段も比较的安いので行くようになった」トさん(础グループ)
  • 「こちらの中华料理、イタリア料理などは全て本物の味で美味しいので、日本にいた时よりもそういったものを食べる回数が多い」イさん(础グループ)

予测できるように、最大の问题はオランダにおける和风レストランのレベルの低さである。

  • 「レストランで日本食を食べていない(高くておいしくないから)」ナさん(础グループ)
  • 「日本料理が难しくなった(店の数や値段)」ノさん(颁グループ)
  • 「日本ではラーメン屋さん、中华、日本食が主流。オランダではイタリアン、スパニッシュ、インドその他のレストランが豊富で安いため、日本食から离れている」ツさん(颁グループ)
  • 「日本にいる时は、レストランでも日本食を食べることができましたが、海外では必然的に洋食になりました」ヘさん(础グループ)
  • 「日本においては幅広く色々な料理を食べたが、オランダに来てからは寿司に限られている」ホさん(础グループ)
  • 「レストランの好みも日本食よりは、よりインターナショナル的要素を求めます(支払いにあった満足感がいると思うから)」マさん(叠グループ)

しかし、面白いことに、オランダでの日本料理屋は一般的に日本人の间で好评ではないのに、日本にいる时よりも和风レストランで外食することの増えた家族もいる。

  • 「レストランでは、洋食から和食を食べる回数が増えました」ウさん(础グループ)
  • 「以前は洋食レストランに行きましたが、日本レストランに行くことが多くなりました」ミさん(础グループ)
  • 「日本ではレストランへ行く时は洋风レストランへ行く机会が多かったのが、オランダに来てから日本レストランへ行く回数が多くなった(ただし、家族全员で行く时)」ムさん(叠グループ)
  • 「家で食べる机会の少なくなってしまったなま物(お刺身、寿司など)を食べることが多くなった」メさん(颁グループ)
  • 「洋食を食べに行かなくなった」モさん(础グループ)
  • 「レストランに行く时は、日本食が多くなった」ヤさん(础グループ)

最后にもう一つ指摘すべきことは、オランダと日本における洋食のレストランの违いである。现在日本では子供のいる家族が「デニーズ」や「スカイ?ラーク」のように「ファミリー?レストラン」というジャンルに属するアメリカ风のレストランで定期的に外食している。欧州ではファーストフードを除けば、アメリカ风の外食产业がほとんど普及しておらず、そのことがアメリカと比较した际、オランダでの生活をより驯染みにくくするのである。

オランダでの食生活の西洋化

本调査において最も明白に现われた倾向は、日本を离れ、オランダに来ることによる食生活の洋风化、そして洋食の多様化である。

  • 「オランダはチーズが美味しいので、よく食べるようになりました」テさん(础グループ)
  • 「一度にとる果物の量、种类が増えた。チーズをとる回数が増えた」オさん(础グループ)
  • 「日本では白いパンばかり食べていましたが、こちらに来てから茶色のパンを食べるようになりました」ユさん(颁グループ)
  • 「日本ではトーストにバターだけだったのが、こちらはハム类、ロースト?ビーフなど肉类もとるようになった」ヨさん(颁グループ)
  • 「クロワッサンやバゲットを食べるようになった」ハさん(颁グループ)
  • 「パンの种类が豊富で美味しい。チーズ、サラミ各ハム类が楽しめる」マさん(叠グループ)

これらの倾向はBグループ及びCグループにおいて特に强く姿を见せている。つまり、オランダに定住している日本人女性の方が驻在员より和风食生活からより远く离れるという仮説が立てられる。

  • 「日本食そのもののみを作ることはめったにありません」ツさん(颁グループ)
  • 「纯、完璧日本食ではなく、渍物がないとか品数が少ない」ワさん(颁グループ)
  • 「日本では、家で作るものが主として日本料理。オランダでは、家で作るものが主としてじゃがいもやスパゲッティー、マカロニ类」ヒさん(叠グループ)
  • 「じゃがいもを殆ど毎日使うようになった。ご饭を炊くことが少なくなった」ヲさん(颁グループ)
  • 「素材は勿论変わったが、オランダの调理法を取り入れて、野菜も茹でて食べることが多くなった。気候のせいか、さっぱりとしたものよりもバターを使って调理することが多くなった」ノさん(颁グループ)
  • 「家で日本食をほとんど食べなくなった。インターナショナル料理を食べている」ハさん(颁グループ)

Cグループにおける食生活の洋风化は、主にオランダ人の夫及びオランダで生まれ育った子供の好みから来るものである。

  • 「主人はオランダ人なので夕食は日本人向けというわけにはいきません。レストランに関しても同じです」Yさん(颁グループ)

夫の好みが家族の食生活に大きな影响を及ぼすというのは、どの社会でも见られる。夫である男性が日本食を强く求めるので妻が作るという场合が、Aグループには非常に多かった。例えば、Aグループの食生活日记を见ると、夫の出张の间の食事はご饭に味噌汁というよりも、パスタなどの洋食のメニューが多い。また、Bグループの际、夫の好みにより食生活が和风化されたり、洋风化されたりしている。

  • 「主人はあくまでも和食党です。つまり、朝食および休日の昼食も日本食を好みます」マさん(叠グループ)
  • 「主人が洋风を好むので肉类が多くなった。现在は日本食週2日、その他1日づつイタリア料理、中华料理、オランダ料理、フランス料理(本格的ではないけれど、らしきもの)をします」Xさん(叠グループ)

おわりに

19世纪の终わりごろから日本人は世界中へと移动し始めた。植民地化政策の波に乗って台湾、朝鲜、満州などへと出稼ぎとして行き、戻ってきた人もいれば、ハワイやブラジルへの移民のように、海外に定住し、第二故郷を见つけた人もいる。
戦后は、日本経済の高度成长を背景に海外で定住したり、一时的に暮す日本人が现われ始めた。バブル経済の1980年代も、日本公司の进出により海外赴任者が増え、留学や外国人と结婚し、海外で生活する日本人が次第に増え続けた。
多くの日本人が日本を离れ、なじみのない环境で生活するという経験をつんでいくのである。このような経験が彼らの生活にどの程度の影响を与えるかということは最近まであまり注目をあびる课题ではなかった。国际化というキャッチ?フレーズが日本で始终使われるのに対し、日本の外で暮している日本人の生活については兴味が薄かったようである。
この数年日本人の海外コミュニティーへの関心が高まり、研究も増えている。また、帰国子女の问题を始め、海外で暮す経験が日本社会の将来にどのような影响を与えるかというテーマがあらゆる面から扱われ始めている。本稿では、オランダで生活する日本人の食习惯に焦点を当て、日本を离れることによってその食生活がどれほど変化し、また日本食に関する认识がどれほど変わったかということに注目した。
データの分析をもとに、2つのポイントが指摘できた。第1に、オランダで生活している日本人とその家族は、はっきりとした相违のある3つのグループに分类できるという点である。日本公司によって派遣されたサラリーマン家族(础グループ)、日本公司とは无関係でオランダに定住している日本人家族(叠グループ)、そしてオランダ人と结婚している日本人女性の家族(颁グループ)というそれぞれの存在は、国内外で语られる日本人の平凡性及び类似性というステレオタイプを打ち倒すための论拠にもなる。
オランダでの暮しが始まることにより、どのグループの食生活にも変化が见られると同时に、日本料理を食べるための努力も明らかに见られる。しかし、础グループにとっては日本食との绊が特に切りにくいというのは主张したい第2ポイントである。勿论、それぞれの家族の间にも个人差があるのはいうまでもないが、一般论として础グループの日本食への态度は他グループと比べ随分异なっていると言える。地元の人々とほとんど関係を持たない础グループに属する日本人は、オランダの情况に合わせながら、そこで第二の日本をつくろうとしている。彼らにとって日本食は身体を养ったり、生活の楽しみの一つというだけではく、日本人であることの再确认、つまり彼らの文化的アイデンティティーの基盘ともなっているのである。
それに対し、叠グループ及び颁グループに属する日本人は日本食との関係を徐々に缓めながら新たなアイデンティティーを筑いている。彼らにとっての日本食は、アイデンティティーの侧面というよりも、舌や心の楽しみという侧面がより强いものになっている。
本稿において绍介した3つのグループの日常経験は世界中で暮している日本人の生活パターンを代表するものとして见ていいのではないかと思う。また、このパターンは海外で暮す、どのコミュニティーとも类似性があるのではないかと主张したい。

毎年初秋、ジャパン?ウィミンズ?クラブ主催でアムステルダムにおいて行われる日本祭は、食べ物が中心である。