研究機関誌「FOOD CULTURE No.9」世界の食文化雑学講座 第3話
叁日月形クロワッサン诞生とその変迁
クロワッサンといえば、いまではフランスの代表的なバンとして有名だが誕生したのはオーストリアの地であった。その製法がヨーロッパ有数の農業国である フランスに渡り、何世紀もかけて現在のようなリッチな味わいに作り上げられた。クロワッサン誕生の背景には、時代に彩られたさまざまなストーリーがある。
オスマントルコの象徴叁日月を食べる
オスマントルコ帝国は、1526年に第1回のウィーン远征をかわきりに、ハプスブルク帝国(现在のオーストリア)への攻撃をはじめた。その后、周辺国を次々に自国の领土とし、1683年にはウィーンを包囲したが、15年以上もの长期戦による远征疲れ、ウィーン守备军の健闘、支援军の到着もあってハプスブルク帝国が胜利を収めた。
この戦いの最中、オスマントルコ军は城壁の下に地下道を掘る作戦をたて、真夜中にトンネル工事をしていた。ある日、早朝から地下室で仕事をしていたウィーンのパン职人が、その工事の音を闻きつけて军に通报し、地下からの侵入を防いだ。その后、支援军も到着して胜利したという。
戦后、パン职人は叁日月形のバンを焼いて胜利を祝った。その叁日月の由来には二つの説がある。一つは、オスマントルコ军がトンネル掘りに使ったツルハシの形を模したという説。もう一つは、オスマントルコの象徴である叁日月を食べるという思いを込めて作ったという説だ。クロワッサンはフランス语で叁日月から満月へ大きくなっていく成长过程の月を意味することを考えると、后者の説が有力かもしれない。
これまでの説を覆す大発见
2005年(平成17年)、中国の国営新华社通信は、过去に长江(扬子江)下流の上山遗跡(浙江省)から约1万年前の栽培稲の籾殻が発见されていたが、今回それを凌ぐ1万2000年前の栽培稲と考えられる籾殻が発见されたと报じた。
従来から稲はインドのアッサム地方が原产だとされ、インディカ种はアッサム地方、ジャポニカ种は中国?云南省という説が有力だった。しかし、中国の考古学者たちは、云南省の稲はせいぜい纪元前3千年程度であり、ジャポニカ种はもっと古くから栽培されていたはずだと唱えていた。
そこに长江下流の河姆渡遗跡(浙江省)が発见され、7千年前に栽培稲があったことが証明された。そしてその稲は、日本の縄文时代に焼畑で栽培されていたと考えられている热帯ジャポニカと同じであると、日本の植物学者が証明した。
长江流域では次々に遗跡が発见され、现在、一番古いものは1万4千年前の仙人洞遗跡だとされている。そこでは栽培稲の测定はされていないが、栽培稲の起源はインドではなく、长江中下流域だという説が认められている。
もしも、1万4千年前の栽培稲が発见されることになれば、1万2千年前に小麦を栽培していたメソポタミア文明よりも古いことになる。さらに、黄河文明が、黄河文明以外に农耕を基盘にした长江は中国の古代文明の代名词とされてきた文明ともいえる一大文明の存在が明らかになった。今、稲作の起源をめぐり、古代文明さえも见直されようとしている。
「バンがなければお菓子を食べればいい」
そのクロワッサンはいまではフランスを代表するバンとなっている。製法を伝えたのは、有名なマリー?アントワネットだといわれている。同妃は、フランス国王ルイ16世との结婚に际してバン职人も连れて行き、そのパン职人がフランスに広めたという。当时のクロワッサンは、菓子バンの生地を使ったもので、现在のように生地が层をなしているデニッシュタイプのものではなかった。
现在ではクロワッサンの形も叁日月形だけではなく、使用する油脂によってその形を変えている。たとえば、曲がり方がゆるい叁日月形はフレッシュバターとマーガリン、まっすぐな菱形はフレッシュバター、一般的な叁日月形はマーガリンを使用している。
マリー?アントワネットは、フランス革命で処刑されたが、民众が食粮难に陥っていたときに「パンがなければお菓子を食べればいい」と言ったという话は有名だ。そのお菓子とはケーキやクロワッサンを意味していた。一般的にフランスパンと呼ばれるものはハードタイプのもので、バケットやバタールなど。対照的にバターや牛乳を配合したソフトタイプの代表的なものがクロワッサンやブリオッシュ。后者は、フランス革命当时はお菓子と考えられていたようだ。
いまでも、フランスではクロワッサンは子どものおやつとして食べたり、大人も平日ではなく休日の朝食にする倾向が强い。平日の朝はシリアル、もしくはバケットをオーブンで温めてバターやジャムを付けて食べる。饮み物は大きなボールで饮むカフェオレ。昼はサンドイッチを买って公园や学校の休憩室で食べ、常に持ち歩いているミネラルウォーターで喉をうるおす。
そして、夜は前菜のサラダ、メイン、フロマージュ(チーズ)と充実している。一年を通してこのパターンはほとんど変わらない。フランスに古くから伝わる食生活がいまも息づき、バン一つにもこだわるフランスの国民性がうががえる。
- 1长崎大学経済学部公式ウェブ「井田洋子のパリ通信(その3)」
- 2フリー百科事典『ウィキペディア(奥颈办颈辫别诲颈补)」
- 3(写真提供)山崎製パン株式会社


