糖心原创vlog

研究機関誌「FOOD CULTURE No.3」私の食ルーツ

安藤エリザベスさんは、执笔や讲演活动などを通して、日本の食文化を広く海外に绍介しています。ジャパン?ソサエティー(ニューヨーク)主催の食文化フォーラムにも、パネラー、ワークショップの讲师として参加しました。また1994年から主宰している「文化の味」は味噌、しょうゆ、だしの试食会やデパート食品売り场の「ツアー」など、さまざまなアプローチで日本の「食」の楽しみを深く味わう场でもあります。幅広い活动の原点となっている安藤さんの「食ルーツ」、そして日本の「食」との出会いについてうかがいました。

安藤エリザベス

私の食ルーツ

「和食」との出会い

安藤さんにとって忘れがたい「食」の记忆は、学生として初めて访れた日本で出会った、うどんと梅干の味です。
将来について考える时间をつくろうと、医学の勉强を一时中断して来日した安藤さんは、长旅と日本の夏の蒸し暑さに疲れた体で、四国の讃岐に到着しました。
「食欲もなかったのですが、そこで出た温かいうどんがおいしかった。生姜がたっぷり入ってさっぱりしていて&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。朝ごはんには梅干が出て、これもおいしいものだと&谤诲辩耻辞;一目ぼれ&濒诲辩耻辞;です」
それまで和食を食べたこともなかったのに、たちまち日本の味のとりこになりました。乳製品や卵が苦手で、ドーナツとコーヒーといった食生活が好きではなかった安藤さんは、日本で初めて违和感のない「食」に出会ったのでした。
「ニューヨークでの子供时代を振り返っても、仕事で忙しかった母には悪いと思うのですが、ああ、あれが私のルーツだなと特に思う味がありません。お腹が空いたら何か食べればいい。日本に来るまでは、その程度の意识しか持っていなかったような気がします」

「食」の役割の豊かさを知る

それまで料理をしたこともなかった安藤さんでしたが、讃岐滞在を経て东京での学生生活は、自分の手で和食を作って食べる日々となりました。「お汤で戻すインスタントのご饭しか知らなかったので、お米にお汤を入れて下宿先の小さな女の子に笑われたり&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。ほんとうにゼロからの出発でした。ただ最初から、おいしいものとそうでないものの区别が不思议とついたのは救いでしたね」軽い気持ちで来たはずの日本で、次第に「食」への関心を深め、とうとう近茶流の日本料理教室である柳原料理教室に入学して、本格的に勉强することに。「最初は先生が黒板に书かれる文字にもついていけない。日本人にはあたりまえの食材でも、私は初めてということも多くて、ほんとうに大変でした。1年间なんとか顽张って、面白いと感じられるようになりました。そのうちに、先代の柳原敏雄先生のエッセイを読むようになって、惊いたのです。お料理には、単に『作って食べる』ということ以外の『何か』がある、一种のストーリー性もあるし、文章で表现できるような世界もあるのだと。それをさまざまな人に伝えるにはどうしたらいいのか。そこから、今の自分の仕事が始まりました。いろいろな道につながっていく出会いに恵まれたと思います」

日本の「食」を外から见る

现在の安藤さんは朝昼晩と和食の生活。「この中をみると私の素颜がわかります」と言う冷蔵库には、12种类の味噌、试食を重ねて発见した梅干2种类、お豆腐3种类、手作りの佃煮(つくだに)や鮭フレーク、ちりめんじゃこなど、「これさえあれば、すぐに一汁叁菜の献立が用意できる」という食材が常备されています。収纳には、こんぶや煮干などがいっぱいの&谤诲辩耻辞;乾物コーナー&濒诲辩耻辞;もあります。
ここまで日本の「食」へのこだわりを深めてきたルーツには、あのうどんと梅干があるわけですが、一方で、「人に伝える」という仕事を通して、まったく违う食文化の中に生まれたことの意味を感じるときもあるそうです。たとえば、それぞれの国の食文化の中で、「献立」という枠がいかに根强いものかといったことは、単一の食文化しか体験していない人には意识しにくいのではないかといいます。
「日本の旅馆で、外国のお客さんにウエスタン?ブレックファーストを出したのに、『和食が出た』と思われてしまうことがあります。なぜかというと、スープがお盆の上に乗っている。サラダがついている。アメリカでは朝食にスープは出ませんし、サラダはお昼か夜にいただくものです。つまり无意识に、主食に味噌汁におかずに渍物&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;という、一汁叁菜の献立を洋风の料理で置き换えているので和&谤诲辩耻辞;食&濒诲辩耻辞;に感じられてしまうのです。
献立というのは、いつ何をどんな感覚でいただくか、という枠なんですね。食材や调理法には违う食文化の影响を取り入れることができても、こういう、その国の人が体で覚えているような感覚はなかなか変わらないと思います」
子供时代、安藤さんのニューヨークの家には、さまざまな縁で亲しく出入りしている&谤诲辩耻辞;おばさん&濒诲辩耻辞;たちがいて、料理の腕をふるってくれました。ロシアから亡命してきた&谤诲辩耻辞;バーサおばちゃん&濒诲辩耻辞;が作ってくれた鱼料理、皆で得意料理を持ち寄るポットラックディナー&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。过ぎ越しの祭(パスオーバー)に欠かせないマッツア、ハヌカ祭に食べる、すり下ろしたじゃがいもで作るラトケスというパンケーキ&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。その顷はぼんやりとしか意识していなかった「食」であっても、やはり家庭や民族の文化と结びついた记忆はどこかに残っていて、日本の「食」に対する新鲜なまなざしと鋭い分析につながっています。
「日本の食文化を海外で伝えようとするとき、相手に理解してもらえる表现をするには、外から日本を见ることができなくてはならない。そのために、日本でのルーツと生まれ育ったアメリカでのルーツ、この2つが自分の中で同时に生きているのかもしれませんね」

「文化の味」の试食会で、&濒诲辩耻辞;お花见弁当&谤诲辩耻辞;の説明をする安藤さん。4つの仕切りの中に彩りよく詰められた松花堂弁当と、香りのよい桜茶で、日本の春らしい味覚を体験してもらいました。
お弁当を味わった后で、昆布だしのとりかたを実演。

安藤エリザベス(Elizabeth Andoh)
ニューヨーク生まれ。ミシガン大学卒业。1966年に来日、柳原料理教室(日本料理、近茶流)で学ぶ。日米両国でジャーナリスト、讲师、ビジネスコンサルタントとして幅広く活跃。専门分野は食文化、异文化コミュニケーション、旅行関係。『グルメ』誌、『ニューヨーク?タイムズ』などに寄稿、食に関する着书も多数。また、94年より日本料理教室「文化の味」を主宰、主に日本在住の外国人を対象に、日本の食文化を多彩な活动を通して绍介している。