研究機関誌 「FOOD CULTURE No.31」センター所蔵の技术书からしょうゆづくりの歴史をふり返る
センター所蔵の技术书からしょうゆづくりの歴史をふり返る
キッコーマン国际食文化研究センターは、キッコーマン株式会社の创立80周年事业のひとつとして1999(平成11)年に设立された。馆内にはしょうゆ発达の歴史绍介などに加え、食や食文化に関する书籍を中心におよそ12,000册を开架で公开しており、书籍はデータベース化され、书籍名、着者、出版社、概要によるフリーワード検索、分类検索が当センターのホームページから利用できる。(.jp/kiifc/index.html)
上に绍介した书籍から明治から昭和に书かれたしょうゆ醸造に関する技术书30册を抜き出し、しょうゆ业界が直面した时代の流れを追いながら、これらの本に书かれている醸造技术の変迁を绍介していきたい。
现在のしょうゆは、日本农林规格(闯础厂)によって种类と製法が规定されている。种类はこいくち、うすくち、たまり、さいしこみ、しろの5つに分类され、全国のしょうゆ生产量の约84%がこいくち、12%がうすくち、その他が约4%を构成している。製法は本醸造、混合醸造、混合と3つの方式に分类され、本醸造は日本古来の伝统的な手法で、大豆と小麦を原料に、麹菌と乳酸菌、酵母の活动を利用してしょうゆづくりを行うものである。他の2製法は大豆のタンパク质を塩酸で分解したアミノ酸液を原料の一部に利用するもので、第二次世界大戦后の物资不足の时代に急速に全国へ広まった。
现在のような本醸造しょうゆがつくられるようになったのは、江戸时代になってからとされる。中国から伝わった穀醤が日本の风土のなかで独自の进化を遂げながら完成度を高めていったと考えられるが、中世の顷まではみそとしょうゆの分化は完成しておらず、みその延长线にしょうゆ様の液体调味料があった。近世に入ると、大豆に加えて小麦などが原料に使われるようになり、仕込んだもろみの段阶で乳酸菌と酵母による発酵工程と熟成工程を取り入れることで、现在のような香りと旨味、さらりとしたキレのあるこいくちしょうゆが完成する。こうしたしょうゆづくりが江戸时代の中期顷から、大都市周縁部の大豆や小麦、食塩の调达に便利な地域に家内工业として起こり、明治后期に产业としての萌芽期が访れることとなる。この顷に书かれたのが①の『通俗日用化学全书 第11编 味噌醤油编』だ。特徴的な内容として、原料大豆が中国や朝鲜から输入されるようになったこと、原料処理について、大豆は大釜による蒸煮、小麦は扁平釜による炒熬、种麹は供给する者はなく友麹による自家製、圧搾作业は槓桿式(こうかんしき)と古来の手法が记载されているにとどまる。野田醤油醸造组合が设立した醸造试験所が、纯粋培养による种麹の配布、原料や製品の分析业务を始めたのが1904(明治37)年以降のことで、ボイラー等の导入はまだごく一部の蔵に限られる。こうしたことから、この本はしょうゆづくりに近代化の波が访れる前夜に书かれたということになる。
1914(大正3)年に勃発した第一次世界大戦により、日本の产业の重工业化が进展する。所得水準は向上し、人口の増加と相まってしょうゆの需要が増大、设备は大型化と机械化が进む。近代化への资本を贿うように各地で醸造家の合同と法人化の波が访れ、1917年には野田、流山の醸造家8家が合同して野田醤油株式会社が设立される。この顷に书かれたのが②『最新醤油醸造论 増补8版』と③『通俗讲和醤油醸造法 増补六版』になる。前者には工业としてのしょうゆづくりを推奨し、4阶建ての工场建屋や自动製麹机、コンクリート製の仕込みタンクについての记述が见られ、后者は杜氏や従业员向けの教本との位置づけとなっている。
大正后期から昭和初期の日本は、関东大震灾と昭和恐慌に见舞われ、景気が暗転する。それまでに积极的に进めた近代的な工场が完成した矢先の経済危机によって、しょうゆ业界は供给过剰となり、製品安に悩まされることになる。こうした时期に书かれたのが④から⑥の3册である。『安価原料醤油醸造法』はその本の名の通り、大豆や小麦に代わる安価な代用原料、脱脂大豆や玉蜀黍(とうもろこし)等の利用について记述し、『実地醤油製成法』はしょうゆの醸造法について一切触れず、味のバランスに劣るしょうゆ粕を利用した下等しょうゆの品质改良法に特化した内容になっている。
1929(昭和4)年に味の素の製法特许が切れると、しょうゆの旨味补强に有効な粗製アミノ酸液が登场する。未开拓の市场を求めてしょうゆの乱売合戦は地方にも及び、品质とブランドに劣る地方のメーカーは、下等品に粗製アミノ酸を添加し品质を改良するようになる。この时代に书かれたのが⑦から?までの9册の本である。この时期の本に特徴的なのは、粗製アミノ酸の利用方法やその製造方法についての记述が现れることである。前半の书籍は粗製アミノ酸液を醸造しょうゆの加工材として扱っているが、后半はこれを母液とする化学醤油や人工醤油という文字が现れる。化学醤油の品质は母液の品质によるところが大きく、アミノ酸液独特の分解臭を和らげる工夫が见られる。例えば塩酸によるタンパク质分解工程の最后に炭水化物原料を添加するもので、含糖アミノ酸と呼ばれている。
1937(昭和12)年、日中戦争が始まると日本は戦时统制色を强めていく。それまでの中国产大豆の入手が难しくなり、他の原料も不足して原料価格は高腾を続け、メーカーは値上げに动くが国策により认められなかった。この顷に国が取り入れた施策は、実势より低い品质基準で等级规格を设け、等级によって贩売価格が决まる公定価格制の导入であった。当初设定された全窒素の规格は下限と上限が设定されており、この规格范囲に合致するしょうゆづくりが指导されることになる。原料不足は戦争が激化するなかで深刻度を深め、终戦直后にピークを迎える。そして1949年、连合国骋贬蚕は支援物资としてしょうゆ原料に大豆ミールを放出し、极度な原料不足は峠を越えることとなった。こうした时代に书かれたのが?から?までの11册である。これらの本には代用原料についての记述が多く、甘藷や马铃薯、コプラ粕、醤麦(しょうばく)、鯖、蠺蛹(かいこのさなぎ)、蝗(いなご)など现在では考えられないものや闻き惯れないものが登场する。また、この时期には醸造しょうゆメーカーが开発した新式醤油、更生醤油についての记述がある。原料事情が悪化するなか、当时の醸造技术では利用しきれなかったタンパク成分が残るしょうゆ粕に希塩酸等の化学処理を施したうえで、微生物によるしょうゆづくりを行うもので、原料利用率の向上と醸造期间の短缩、良质なしょうゆの供给に大きな役割を果たした。特に野田醤油が开発し製法特许を公开した新式2号醤油製造法は戦后の本醸造しょうゆ业界の危机を救ったとされる※1。
1950(昭和25)年に勃発した朝鮮戦争による特需をきっかけに、日本経済は急速に復興を遂げていく。戦時中から続いた各種統制も徐々に解除され、しょうゆの自由販売が訪れる。原料事情が好転してくると、各メーカーのテーマは、いかに効率的に高品質な本醸造しょうゆを大量につくるかになっていった。こうした時期に書かれたのが?から?の4冊である。この時期の本には、N.K.式タンパク原料処理法や微生物の変異株のつくり方などそれまでとは発想を異にした技術、小麦の流動層焙焼装置や通風機械製麹法など熟練の技や多くの労力を必要とする工程の機械化についての記述がある。また、1963年にはしょうゆの農林規格が制定され、しょうゆの種類、品質規格と表示について定められる。こうした流れを受けてか「醤油分析法」という章が『醤油の醸造と合成法 附ソース製造法』に現れる。
今日の全国各地のしょうゆを见渡せば、同じこいくちしょうゆでも関东のキレが良くすっきりとしたものから、九州に代表される甘く浓厚なものまで个性豊かだ。これは、それぞれの地域の产业や生活文化を背景としつつも、これまで见てきたしょうゆの歴史と无関係ではない。原料不足などの市场环境の変化とそれに対応した技术革新や代替原料などの创意工夫、そこに各地域の事情が加わって、多様なしょうゆが生み出されてきたことを参照した书籍から読み取ることができる。
- ※1当初、骋贬蚕による支援物资大豆ミールの配分方针はアミノ酸业界が8、醸造しょうゆ业界が2の割合だったが、新式2号醤油製造法が完成すると骋贬蚕がこの製法の优位性を认め、醸造しょうゆ业界へ7、アミノ酸业界へ3に修正した。この决定変更がなければ、现在のような本醸造しょうゆの発展はなかったとされる。
| NO | 和暦 | 书籍名 | 着者 | 出版社 |
|---|---|---|---|---|
| ① | 明治32年 | 通俗日用化学全书 第11编 味噌醤油编 | 大橋 新太郎 | 博文馆 |
| ② | 大正10年 | 最新醤油醸造論 増补8版 | 栂野 明二郎 | 日本拓醸株式会社 |
| ③ | 大正13年 | 通俗讲和醤油醸造法 増补六版 | 木下 浅吉 | 今野商店出版部 |
| ④ | 大正15年 | 安価原料醤油醸造法 | 木下 浅吉 | 明文堂 |
| ⑤ | 昭和2年 | 実地醤油生製成法 | 永木 曉三郎 | 今野商店出版部 |
| ⑥ | 昭和2年 | 近世醤油醸造法 | 西村 寅三 | 明文堂 |
| ⑦ | 昭和3年 | 质疑応答番醤油製造法 | 伊藤定治 | 明文堂 |
| ⑧ | 昭和8年 | 輓近醤油醸造加工论 | 深井 冬史 | 东京调味研究会 |
| ⑨ | 昭和9年 | 最新醤油味噌醸造法 | 栂野 明二郎 | 醸造评论社 |
| ⑩ | 昭和10年 | 质疑応答 醤油?味噌?アミノ酸 | 木下 浅吉 | 木下醸造研究所出版部 |
| ? | 昭和10年 | 醤醸工人必携 増补第二版 | 奈良原半兵卫 | 今野商店出版部 |
| ? | 昭和10年 | 醤油醸造法 | 深井 冬史 | 工政会出版部 |
| ? | 昭和11年 | 醤油?味噌製造法 実用製造工业丛书 | 植村 定治郎 | 诚文堂新光社 |
| ? | 昭和12年 | 最新醤油製成法 附ソース製造法 | 奈良原 半兵衛 | 今野商店出版部 |
| ? | 昭和14年 | 醤油及味噌 | 深井 冬史 | 太阳阁 |
| ? | 昭和15年 | 総合醤油譲工要録 | 松本 憲次 | 今野商店出版部 |
| ? | 昭和23年 | 简易装置によるアミノ酸液製造法 | 原澤 隆三 | ダイヤモンド社 中小工业记述指导部 |
| ? | 昭和23年 | 醤油?溜?味噌醸造法 | 鈴木 一夫 | 富民社 |
| ? | 昭和24年 | アミノ酸醤油製造法 | 佐々木 許太 | 富民社 |
| ? | 昭和23年 | 自醸要诀醤油?味噌?粗製アミノ酸 | 久田 精之助 | 明文堂产业図书株式会社 |
| ? | 昭和23年 | 代用原料醤油製造法 | 深井 冬史 | 产业図书株式会社 |
| ? | 昭和23年 | 化学醤油製造法 | 深井 冬史、岩崎 一男 | 文明堂社书店 |
| ? | 昭和23年 | 竹内农业蕞书 醤油 | 小貫 基 | 竹内书房 |
| ? | 昭和24年 | 醤油 | 梅田 勇雄 | 叁共出版株式会社 |
| ? | 昭和24年 | 醤油味噌 | 茂木 正利 | ダイヤモンド社 |
| ? | 昭和24年 | 近代醤油醸造の真髄 | 清水 健一 | 叁芳书房 |
| ? | 昭和27年 | 増订醤油醸造法 | 深井 冬史 | 产业図书株式会社 |
| ? | 昭和36年 | 改稿新版 醤油 | 梅田 勇雄 | 叁共出版株式会社 |
| ? | 昭和36年 | 醤油の醸造と合成法 附ソース製造法 | 横山 要範 | 东京文明堂 |
| ? | 昭和47年 | 醤油醸造の最新の技术と研究 | 中浜 敏雄 | 日本醸造协会 |








