研究機関誌「FOOD CULTURE No.29」&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;をしょうゆ代わりに使う东北地方
&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;をしょうゆ代わりに使う东北地方
1.混合しょうゆが主体の地域
日本农林规格では、しょうゆ醸造における副原料として大豆たんぱく质を塩酸で分解したアミノ酸液の使用が认められており、アミノ酸液を使用しないしょうゆを本醸造しょうゆと呼ぶのに対して、诸味にアミノ酸液を加えて熟成したものを混合醸造しょうゆ、本醸造しょうゆの生扬げにアミノ酸液を加えたものを混合しょうゆと规定している。2017年に东北6県の醤油メーカー19社を访问调査した结果、ほとんどのメーカーで混合しょうゆが生产量の60%以上を占めていた。今回の调査では、东北各県には混合しょうゆが生产量の80%以上を占めるしょうゆメーカーがあり、特に青森県、岩手県、秋田県、山形県には生产量の98~100%が混合しょうゆのしょうゆメーカーもあった。大友らの报告(フードカルチャー狈辞.26、辫3-6、2016)によると、北陆、东北、中国、九州のしょうゆからレブリン酸が検出され混合しょうゆが好まれる地域であるとの报告があったが、今回の调査结果でも东北地方が混合しょうゆ主体の地域であることが改めて示された。
今回调査した东北地方のしょうゆメーカー19社中には、本醸造しょうゆの生产量が100%の会社が1社、98%の会社が1社、80%の会社が1社あった。これらメーカーの県外出荷比率は60?70%で、本醸造しょうゆを主に使用する地域への出荷が多いことから、本醸造しょうゆの生产量比率が高くなっていると考えている。
味の素沿革史(1951)によると、1933年顷から味の素によるアミノ酸液の贩売は行われていた様であるが、戦后のしょうゆ原料不足の时代にアミノ酸液を混合した混合しょうゆが盛んに全国で生产される様になったと思われる。江戸时代に北上川の水运で穀物の集积地として栄えた宫城県登米市のヤマカノ醸造株式会社では、1965年顷まで、自製したアミノ酸液を使って混合しょうゆを製造していたとの话を闻いた。また、キッコーマンの新式2号醤油製造法の特许が公开されたのも1948年で、しょうゆ业界は混合醸造しょうゆ(新式醸造しょうゆを含む)および混合しょうゆを製造する事により効率よく旨味の强いしょうゆを安価に製造し、醤油原料不足の时代を乗り切ったと考えている。现在、大手メーカーでは食の安全性や本物志向から、混合醸造しょうゆおよび混合しょうゆの製造をやめ本醸造しょうゆだけを製造しているが、东北地方のしょうゆメーカーでは、製造设备を全て本醸造しょうゆに切り换える资金力に乏しく、一旦、消费者に定着した混合しょうゆのニーズもあり、现在も混合しょうゆが主力商品となっているのではないかと考えている。
混合しょうゆが主体の九州のしょうゆは、甘味料が添加されて非常に甘いが、东北地方のしょうゆは甘味料を添加してはいるが、塩角を取る程度で九州のしょうゆほど甘くない。しかし、岩手県や宫城県の沿岸部の渔师町では甘いしょうゆが好まれ、内陆部よりも甘いしょうゆが贩売されている。前述のヤマカノ醸造株式会社では、亲戚が気仙沼の网元であった事から、网元からの要望で渔师の好む甘いしょうゆを製造し、网元のつてを使って宫城県の沿岸部に甘いしょうゆを売り歩いたとの话を闻いた。
岩手県釜石市で「新日鉄の工场があり九州からの転勤者によりしょうゆが甘くなった」との话を闻いたが、釜石のしょうゆメーカーの创业が九州のしょうゆが甘くなった时期よりも前であることから、この説は误りであると考えている。釜石は富山県からの移住者が多く、出身地の富山の甘いしょうゆが岩手県沿岸部に伝わり、広まったのではないかと考えている。
2.&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;をしょうゆ代わりに使う地域
今回、訪問調査を行ったしょうゆメーカーのうち、福岛県(2社)、山形県(1社)、宫城県(1社)の合計4社が“つゆ”や“だししょうゆ”を1960~1989年の間に発売しており、何れの会社も主力商品に成長していた。多くのしょうゆメーカーから、「東北地方は“つゆ”や“だししょうゆ”をしょうゆ代わりに使う地域」との話を聞いた。秋田県、山形県および宫城県の県北では“つゆ”や“だししょうゆ”で煮物の味付けをするようで、1本のボトルの中にしょうゆと甘味料やだしが入っており、使い勝手の良さとその簡便性からしょうゆ代わりに使われるようになり、秋田県、山形県および宫城県の県北に広まったのではないかと考えている。1979年に秋田県大仙市の東北醤油株式会社が“万能つゆ 味どうらくの里”を発売した。この“万能つゆ”がしょうゆ代わりに使われだした1985年頃から、福岛市の内池醸造株式会社の“四季のつゆ”と山形市の株式会社丸十大屋の“味マルジュウ(だししょうゆ)”が売れ出し、主力商品に成長したとの事であった。
また东北地方では、しょうゆや&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;、&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;は1.8?ペットボトルが主力の贩売容器であるとも闻いた。実际、秋田県や宫城県のスパーマーケットで、しょうゆや&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;、&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;の1.8?ペットボトルがズラリと并んで贩売されている光景を见て、改めて东北では&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;をしょうゆ代わりに使い、関东とは调味料に対する感覚が异なることを実感した。东北地方の多くの家庭で、しょうゆや&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;、&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;を1.8?ペットボトルのケース単位で购入し、地元を离れて东京など远くに暮らす家族に地元の味を送るとの话も闻いた。
&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;とは异なるが、青森県十和田市の上北农产加工株式会社が1965年に発売した焼肉のたれ&濒诲辩耻辞;スタミナ源たれ&谤诲辩耻辞;は、现在、全国3位の売り上げを夸っているとの事だが、青森県ではこの焼肉のたれを、その利便性から焼肉以外の色々な料理の调味に使うとの事だった。前述の东北地方の&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;や&濒诲辩耻辞;だししょうゆ&谤诲辩耻辞;をしょうゆ代わりに使うこととの共通点を感じた。
上北农产加工株式会社の前身は1951年に设立された藤坂缅羊农业协同组合で、戦后の繊维产业の変化の中でめん羊事业だけでは採算が取れないとの判断で、青森県农村工业农业协同组合连合会叁本木工场を买収してしょうゆ醸造を始めた异色のしょうゆメーカーである。前身がめん羊组合であることから、地元で生产されるめん羊の肉をおいしく食べられる様にとの思いで「スタミナ源たれ」を开発し贩売されたのとの事だった。上北农产加工株式会社では、主に焼肉のたれに使用するしょうゆを醸造することから、他のしょうゆメーカーとは异なりしょうゆの香りを抑えた混合しょうゆをつくっているとのことであった。
秋田県鹿角市の株式会社浅利佐助商店创业の経纬は、近くの尾去沢鉱山や小坂鉱山などの鉱山で働く人々やその家族にしょうゆを供给するために、卸売业から醸造业に転じたとの事である。秋田県のしょうゆメーカーの特徴を生かし、秋田产比内地鶏のガラと肉から抽出した&濒诲辩耻辞;だし&谤诲辩耻辞;に本醸造しょうゆを合わた比内地鶏スープ(锅つゆ)が主力商品になっているとのことであった。やはりここでも、东北地方の&濒诲辩耻辞;つゆ&谤诲辩耻辞;を调味料として使う文化が根付いていると思えた。
3.全国第1号の生扬げ生产协业化工场
1953年に施行された中小公司近代化促进法により、しょうゆ业界の协业化が进んだが、协业化の全国第1号が福岛県醤油醸造协同组合(二本松市、1964年)である。その后、东北地方では宫城県と岩手県に协业工场が出来たが、现在は両工场とも解散している。
福岛県醤油醸造协同组合(生扬げ生产协业化工场)の诞生により、福岛県内の各しょうゆメーカーの设备の维持管理费が大幅に节减され、生扬げ品质の向上と安定化が図られた。その结果、设立当初约100社だった福岛県のしょうゆメーカーは、55年后の现在でも49社が残っており、福岛県のしょうゆメーカーの生き残りと福岛県のしょうゆの地域性に対して一定の効果があったと考えている。因みに2017年现在、各県のしょうゆメーカーの数は、青森県12社、岩手県11社、宫城県37社、秋田県28社、山形県47社である。全国的にも、协业化を行った県にしょうゆメーカー数が多い倾向にある。
2011年の东日本大震灾発生と、东京电力福岛第1原子力発电所の放射能漏れ事故による风评被害と県内人口の减少により、しょうゆ出荷量は全盛期の半分に落ち込んでしまった。そうした中、福岛県醤油醸造协同组合の呼びかけで「福岛県醤油品评会」が开催され、しょうゆ品质の向上による风评被害の払拭も视野に入れて勉强会が行われてきた。2013年から勉强会の効果が现われだし、全国醤油品评会での福岛県のしょうゆの入赏数が増え、农林水产大臣赏(2013年1点、2014年1点、2016年2点、2017年1点)をほぼ毎年受赏するようになった。
| 醤油工场数 | 醤油工场数 | 醤油工场数 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 北海道 | 11 | 新潟 | 31 | 冈山 | 44 |
| 青森 | 12 | 富山 | 22 | 広岛 | 59 |
| 岩手 | 11 | 石川 | 48 | 山口 | 39 |
| 宫城 | 37 | 福井 | 28 | 徳岛 | 9 |
| 秋田 | 28 | 岐阜 | 9 | 香川 | 45 |
| 山形 | 47 | 静冈 | 11 | 爱媛 | 43 |
| 福岛 | 49 | 爱知 | 36 | 高知 | 9 |
| 茨城 | 19 | 叁重 | 30 | 福冈 | 89 |
| 栃木 | 7 | 滋贺 | 35 | 佐贺 | 23 |
| 群马 | 5 | 京都 | 17 | 长崎 | 20 |
| 埼玉 | 10 | 大阪 | 7 | 熊本 | 39 |
| 千叶 | 17 | 兵库 | 35 | 大分 | 23 |
| 东京 | 2 | 奈良 | 19 | 宫崎 | 17 |
| 神奈川 | 4 | 和歌山 | 27 | 鹿児岛 | 27 |
| 山梨 | 5 | 鸟取 | 16 | 冲縄 | 1 |
| 长野 | 38 | 岛根 | 51 | 全国 | 1,211 |
| 実施年月 | 通算回数 | 全国総出品数 | 県内出品数 | 県内入赏数 | 农林水产大臣赏 | 食料局长赏 | 优秀赏 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011年7月 | 39 | 254 | 8 | 3 | 高砂屋商店、県醤协、林合名会社 | ||
| 2011年10月から组合员同士の官能评価の勉强会を开始 | |||||||
| 2012年7月 | 40 | 254 | 12 | 3 | 林合名会社、県醤协&迟颈尘别蝉;2点 | ||
| 2013年7月 | 41 | 263 | 13 | 3 | 山形屋商店 | 林合名会社、フクイチ | |
| 2014年7月 | 42 | 252 | 11 | 3 | 山形屋商店 | ヤマボシ醤油、県醤协 | |
| 2015年7月 | 43 | 252 | 15 | 1 | 根田醤油 | ||
| 2016年7月 | 44 | 247 | 13 | 5 | 山形屋商店 高砂屋商店 |
ヤマボシ醤油 | 林合名会社、星醸造 |
| 2017年7月 | 45 | 227 | 13 | 5 | 山形屋商店 | 高砂屋商店、内池醸造、安斋醸造、県醤协 | |

■研究分野
醸造学、応用微生物学
■学歴
东京農業大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士前期課程修了、博士(農芸化学)
■现在の役职
东京農業大学名誉教授、日本醤油技術センター理事、日本醸造協会理事、みりん研究会副代表幹事、日本健康医学会副理事長、他多数
■受赏歴
平成9年度日本醸造协会技术赏受赏、平成20年度、平成22年度および平成24年度日本健康医学会论文赏受赏、平成21年度および令和元年度醤油技术赏受赏、平成22年度日本醤油协会功労赏受赏


















