研究機関誌「FOOD CULTURE No.29」甲信越と静岡のしょうゆづくり-万能調味料の開発と漬ける文化-
甲信越のしょうゆづくり-万能调味料の开発と渍ける文化-
1.山梨県民が爱するだしつゆ
山梨県には、しょうゆ业界大手5社に続く中坚メーカーの笔头として业界をリードする醸造元がある。1872年创业の同社は、近年大规模製麹机を导入して自社商品用だけでなく他社への麹供给を行ったり、固形物が入ったドレッシングでも注入できる充填机を导入するなどして、翱贰惭製造にも力を入れている。しょうゆ製造业でありながら、つゆ?たれ製造にも特化した个性的な醸造会社である。
とくに、1964年発売のだしつゆが大ヒットしたことから、1960年代后半に东北、新潟で开発が进んだめんつゆ、だししょうゆと并んでひとつのブームをつくった。高度経済成长期を迎えて家庭で料理を作る人が减ってきたことに対し、家庭内で亲から子へ受け継ぐ味を大切にしたいという思いが强くなり、简便でおいしい万能调味料のだしつゆを开発したという。料理の简便化と家庭内调理の减少が进む今日、その倾向は60年以上前から危惧されていたことなのだと改めて気づかされた。このだしつゆは、めんつゆ、煮物に使うだけでなくチャーハンの味付けにも向くという。県内だけでなく长野県、新潟県にも広く贩売されており、长野県ではとくに家庭で渍ける野沢菜のしょうゆ渍けでの利用が多い。长野県の渍物文化の存在が、隣県のしょうゆ加工品の売上にも影响を与えている。
2.长野県の渍ける文化
长野県には何でも渍ける文化があると地元の方に闻いた。9月に访问した际、スーパーマーケットの特设コーナーに渍物?和え物用の大容量の酒粕が山积みになっていたのには惊いた。きゅうりもみを夏粕で和えた粕和えは懐かしい夏の味だという。酒粕以外にも、みそ渍け、しょうゆ渍け、食べるもろみなど、発酵食品のヴァリエーションが多い。
长野といえば信州みそが思い浮かぶが、この信州みそが全国に知られるようになったのは、1937年関东大震灾の支援物资として养蚕工场で备蓄していた大量の信州产のみそを放出し、それが信州みそと呼ばれて定着したことに起因する。养蚕产业の衰退とともにみそ醸造业社への転业者が増えたが、その后、信州のみそ业界は大规模なメーカーに集约化されていく。一方、しょうゆ醸造に関しては、もろみを持つ醸造元が家内工业的に手づくりしているところが点在する。
北信の醸造元は、新潟との県境に近く、戸隠そばが有名な地域にある。戸隠そばは江戸っ子の食べ方とは违い、そばつゆにどっぷりと麺をつけて、つゆごと食べるようなものだと教わった。しょうゆ风味はしっかりしながらも、辛すぎず、少し甘めのつゆがおいしい。
同社のしょうゆづくりの特徴は、小麦単用麹を甘酒のように仕込み、そこにアミノ酸液を加えたものを本醸造のもろみに加え、2週间から1か月程度寝かせて搾るのだという。木桶も有し、ミシュラン一つ星を获得した东京のラーメンつゆにここの杉桶丸大豆醤油を使用したため、全国のラーメン店が视察?试食に来るようになった。富山ブラック、徳岛ラーメンなど、各地にしょうゆ味のご当地ラーメンがあり、ラーメンブームの影响を感じる。また长野には、群马のおなめ、千叶のひしお豆に近い食べるもろみがあり、「しょうゆ豆」と呼ばれる。
松本市にある醸造元は、1902年に农地に醤油醸造蔵を建て、家族総出で农业と兼业で木桶仕込みのしょうゆづくりを続けている。醸造用に使用する木桶は、昭和初期につくられ酒蔵から払い下げてもらったものを使い、全量をこの木桶で仕込んでいる。醸造用に木桶を使う醸造元には、积极的に木桶仕込みに付加価値を持たせようとするところと、昔ながらの方法でまだ使えるから使うという2つのタイプがあるようだ。贬础颁颁笔の2020年导入にどう対応するのか。保健所では木桶に难色を示しており、悩ましいところだと语る。
県南のしょうゆ醸造元では、野沢菜のしょうゆ渍けに向く淡口しょうゆが定番のロングセラーとなっている。450円/Lで安売り製品と并ぶと割高感があるものの、地元の各家庭で渍物用に1.8尝を6~10本使用する固定客がついている。ここでも渍物文化の底力を感じた。地域の味の好みは全体的にしっかり浓いめで、甘じょっぱい味付けだと思う。しょうゆを使う郷土料理には、鲤の旨煮や、小鮒、イナゴ、サナギの佃煮などがある。
3.新潟県の米菓需要
新潟は米どころ、酒どころとして知られるほか、越后みそも有名で、発酵?醸造业が盛んな土地柄である。佐渡岛は江戸时代からみそを北海道に移出して栄えていた。また米菓製造が盛んで、日本を代表する米菓の大手メーカーが集まる。ここでは、せんべいやおかきのしょうゆ味に、业务用しょうゆの多くが使われる。照りよく仕上げるためのたまりも、米菓製造业者向けに特别につくっている。
长冈市の醸造元で万能调味料としてしょうゆ加工品のかつおだしが売り出されたのは1970年のことである。山梨や、山形、秋田でも、煮物やめんつゆに使える万能调味料がすでに开発されており贩路を拡大している顷だった。希釈しても味のバランスがくずれないため、だし入りのしょうゆとして调理にも使えるし、めんつゆとしての利用も多い。県民の中には、このかつおだし一本で调理、つけ?かけ用しょうゆのすべてをまかなう人もいるという。
4.静冈県の再仕込しょうゆとタレ?ソース製造
现在、静冈県で诸味を仕込んでいる醸造元は4か所ある。その内、协同组合を除く3社を今回访问した。
御殿场にある醸造元では、「甘露」の名称をつけた再仕込しょうゆを主力商品とする。品评会の再仕込しょうゆの基準品にもなっており、1972年顷から10年ほどかけて製造法を确立した。闯础厂法で再仕込がしょうゆの5分类のひとつとして规定される前のことである。希釈しない製法のため、浓すぎても薄すぎてもよくないところが难しかったという。小麦の配合を少し多めにして、香りとまろやかな甘味がでるように工夫し、贵搁笔、木桶、ホーロータンクで仕込んだものを适宜ブレンドしている。熟成期间が1年のものは香りがよく、2年置くと旨味重视に、そして3年以上は置けば置くほど癖がでてくる。しょうゆは香りの调味料だと考えているので、香りをとくに重要视して搾りのタイミングを意识しているとのことであった。
静冈らしいしょうゆ加工品として、うなぎ蒲焼きのタレがある。大井川をはさんで焼津市の対岸にある吉田町は、大井川の伏流水が米栽培に适さなかったことからうなぎの养殖が始まった。吉田町にあるしょうゆ醸造元は、筑地などの関东圏に出荷するうなぎ蒲焼きにつけるタレを手掛けるようになり、现在は関东向け、中部?関西向け、九州向けにそれぞれレシピを変えて蒲焼きのタレ製造に特化している。10年ほど前から中国の会社に技术指导を始めた。日式しょうゆの味はよいと评判で、今では现地生产のつけ?かけ用しょうゆの人気も高まっているという。
浜松市にある醸造元は、东京农业大学出身の兄弟が醸造业と大豆?小麦栽培を分担し、现役の先代とともに家族経営でしょうゆ、ソース製造を行っている。1960年代、先代がまだ小学生だった顷、东京都町田市の醤油研究所に勤める指导者が1週间泊まりがけで来て技术指导をしてくれたことを覚えているという。その顷、県内には大きなしょうゆ屋がたくさんあって、同じ町内だけでも3轩あった。同社は创业が后発であったことから、安くておいしものをつくることを理念にやってきたと语る。喜界岛のザラメを入れて赘沢につくるオリジナルソースは同社の看板商品であり、その他、アミノ酸液、サッカリンなども适宜使って地元の人の口に合う混合しょうゆをつくっている。
以上、甲信越と静冈は、山梨南部と静冈西部は名古屋方面とのつながりが强いが、その他の地域はおおむね関东に近い文化圏だと各地で闻いた。関东圏に本醸造やしょうゆ加工品を卸しているところも多いが、県内需要としてはさまざまなタイプのしょうゆとしょうゆ加工品が地域の食文化と関连して、また醸造元の独自の工夫によってつくられていた。甲信越から东北につながるめんつゆ、だししょうゆの开発が1960年代に始まり今日に続いていることも兴味深い。

高知県出身。博士(学術)、お茶の水女子大学専門食育士(上級)、フードコーディネーター、東京聖栄大学 健康栄養学部 食品学科 准教授。日本と諸外国における食材利用?調理法?レシピ表現等の比較研究、食文化とことばの研究、日本の食文化紹介のテイストワークショップ等を行う









