糖心原创vlog

研究機関誌「FOOD CULTURE No.28」北海道のめんつゆ文化と昆布しょうゆの诞生

東京農業大学教授 舘 博

北海道のめんつゆ文化と昆布しょうゆの诞生

1.开拓使としょうゆ醸造

北海道のしょうゆ醸造の歴史は比较的新しく、明治2年に北海道开拓使が设置されて内地からの移住が急速に进み、それまで内地から运ばれていたしょうゆが北海道で醸造されるようになる。最初は北海道开拓使によって札幌にしょうゆ醸造所が设置され(明治10年)、后に民间に払い下げられた。すなわち政府がしょうゆ产业の発达を诱导するためにまずしょうゆ醸造所を造り、计画的に官営工场を民间に払い下げることにより、民间事业を诱导した様である。そのお阴もあって、明治32年には、札幌醤油製造组合が组合员数16社で设立するまでに発展した。
他の多くの地域では、庄屋が地元住民に配る為にしょうゆ醸造を始めたり、醸造技术を持っていた酒屋がしょうゆ屋に転业したり、人が多く集まる城下町や宿场町でしょうゆ屋が创业する场合が多いが、北海道はどうも状况が异なっている様だ。北海道のしょうゆの地域性としては、官営工场主导により大手メーカーのしょうゆを手本とした浓口しょうゆが製造されたことにより、関东风の浓口しょうゆが北海道内に広まったと考えられる。北海道人の気质は、「大鹏、トヨタ、キッコーマン」との话を、北海道のしょうゆメーカーの社长から闻いた。すなわち、大手メーカーのしょうゆが好まれて、地场のしょうゆは贩売が厳しい状况にあるとのことであった。

开拓使札幌醤油醸造所(明治10年)
(北海道大学附属図书馆所蔵)

2.军事的要衝の北海道

第2次世界大戦において、北海道はロシアに対する北の守りとしての重要な军事的要衝で、日本军の精鋭部队である第7师団が置かれていた。当时でも多くのしょうゆが内地から送られていたが、もしロシアに青函海峡を封锁される様なことがあると、第7师団や北海道へのしょうゆの供给が途絶えることになる。そこで政府は北海道の产业构造を见直し、清酒工场の数を半分に减らし、整理された工场は他に転用することにした。旭川にある日本醤油工业株式会社(キッコーニホン)は、この清酒工场の整理、転用により生まれたしょうゆ工场である。前身は日本清酒株式会社の旭川工场で、野田醤油株式会社から种麹や种诸味の提供を受けてしょうゆの製造を开始し、昭和20年1月26日に初出荷したそうである。当时、内地からのしょうゆ移入量が4万石(7,200办?)の时代に、日本醤油工业株式会社の生产量は2万石(3,600办k?)であり、かなり大规模の工场であったことが解る。设立当时の出资比率は野田醤油株式会社:日本清酒株式会社=6:4であったが、现在はキッコーマン株式会社(元 野田醤油株式会社)が日本清酒株式会社の持ち株を买い取り、日本醤油工业株式会社はキッコーマン株式会社の関连会社となっている。日本醤油工业株式会社の设立により、改めて関东风の浓口しょうゆが北海道での主要な位置づけのしょうゆとなったと考えられる。
日本醤油工业株式会社は创业70年の旭川最古のしょうゆ醸造业で、事务所栋は「旭川市歴史的建物の保存を考える会」から表彰されており、创业当时の面影を残している。日本醤油工业株式会社の工场には、创业当时を偲ばせる工场设备(圧搾装置等)や建屋が残っているが、残念ながら现在は使用されていない。利益を生み出さない过去の设备を维持管理するのは难しいとは思うが、歴史的な価値のあるものを、是非、残して欲しいと思っている。

日本醤油工业株式会社

3.北洋渔业の基地、函馆

现在、函馆にはしょうゆメーカーが1社しかないが、かつては28社のしょうゆメーカーがあり、盛んにしょうゆを醸造していたそうである。昭和30年代の函馆は北洋渔业の基地として栄え、その当时は函馆のしょうゆメーカーが最も活気に満ち溢れていた时代でもある。北洋渔业は母船式渔业といって母船と付属する独航船で船団を组んで操业する方式で、母船式さけ?ます渔业、母船式かに渔业、母船式底曳网渔业、母船式たら延网渔业等があったようだ。最盛期には、母船式さけ?ます渔业が16船団(独航船461隻)、母船式底曳网渔业が36船団(独航船408隻)との记载が新北海道史にあったので、1,000隻を超える船が函馆から出航していたのではないかと思われる。长期间におよぶ船の航海にはしょうゆも大量に必要であることから、その当时は北洋渔业の船団に积み込むしょうゆの生产が间に合わない程、しょうゆが売れたそうだ。余谈ではあるが、船団が入港すると乗り组み员达は函馆の歓楽街に游びにいくのだが、航海で稼いだお金の札束を持って出かけて行ったと闻いた。お店には「北洋様歓迎」との看板も出ていたそうだ。
时代の変化による栄枯盛衰は仕方がないことかも知れないが、函馆といえばイカ塩辛の产地として有名だった。しかし、现在、イカの渔获量が减少して输入物のイカを使って塩辛を製造している様だ。函馆のしょうゆメーカーで冗谈の様な怖い话を闻いた。「函馆の银行が、函馆のしょうゆメーカーが倒产しないのは、函馆の七不思议の一つといっている」。函馆のしょうゆメーカーには、时代の変化を先取りして、新しい分野の仕事で存続して欲しいと思っている。

北洋渔业の船団
母船式渔业种类别渔获量(新北海道史)                                                  単位:千トン
昭和28 29 30 31 32 33 34 35 36 37
母船式さけ?ます渔业 14 38 116 92 100 91 70 53 53 44
母船式かに渔业 2 2 12 22 21 20 19 19 21 25
母船式北洋底曳网渔业 - 12 9 24 24 46 157 456 622 540
母船式たら延绳渔业 - - 15 - - - - - - -

4.めんつゆ文化

昭和39年にキッコーマンから発売された濃縮つゆの「めんみ」は、かつお節、煮干、昆布、さば節、ほたてからとった5種のだしに、しょうゆと本みりんを合わせたもので、5種のだしの旨みがきいていることから、めん類のつゆとしてだけではなく、丼物、煮物、鍋、おでんまであらゆる和風料理の調味料として用いられる様になった。現在、北海道では「めんみ」は濃縮つゆの域を出て、煮物や冷奴等にしょうゆ代わりに使われている。「めんみ」は5倍濃縮の濃縮つゆであることから、つけ、かけにも使えるのだそうだ。少し前までは、「めんみ」は1.8?容器が最も売れていたそうで、これは「めんみ」の北海道における調味料としての汎用性を示す現象だと思っている。北海道は他の地域と異なり、「めんみ」も含めて、しょうゆ加工品の使用割合が高くなっている。2016年のキッコーマン国际食文化研究センター誌『FOOD CULTURE No.26』の大友氏らによる“一般成分分析と官能評価によるしょうゆの地域別特徴”の研究からも、北海道は「塩味系しょうゆ以外を主に使用する地域」に分類され、塩味が弱く、昆布の香りが強いしょうゆ(しょうゆ加工品を含む)が好まれるとの結果が出ている。
北海道は开拓によって农地が広がっていったが、开拓は夫妇で一绪に働いて行うことから、云わば北海道の世帯は共稼ぎ世帯であった。従って调理に时间を掛けず调味の简便性が好まれることになり、简便で手軽な调味料として「めんみ」が北海道で受け入れられ様になったと闻いた。こうして北海道では、だしの効いた甘味のある调味料が受け入れられる素地ができたと考えている。

移民?农场(明治末)
(北海道大学附属図书馆所蔵)
めんみ

5.昆布しょうゆの诞生

北海道は北前船が日本海を往来していた时代から昆布の产地として知られており、しょうゆと昆布だしを用いて调理すると料理がおいしくなることも知られていたと思うが、北海道ではしょうゆに昆布だしを混ぜた调味料は无かった。北海道の歯舞渔业协同组合が本州のしょうゆメーカーに、しょうゆに昆布だしを混ぜた&濒诲辩耻辞;だししょうゆ(しょうゆ加工品)&谤诲辩耻辞;を委託製造してもらい、平成2年に贩売した「はぼまい昆布しょうゆ」が昆布しょうゆの始まりである。「はぼまい昆布しょうゆ」が非常に売れたことから、同じく北海道の日高渔业协同组合も、北海道のしょうゆメーカーに昆布しょうゆを委託製造してもらい贩売をしたが、こちらも非常に売れたそうだ。そこで、良好な売れ行きから委託醸造元である北海道のしょうゆメーカーも、自社ブランドでも昆布しょうゆを発売したが、こちらも好调な売れ行きだったそうだ。その后、キッコーマンや大手しょうゆメーカーも昆布しょうゆを全国発売するようになり、贩売竞争は厳しくなってきた様だ。现在では自社の特徴を出すために、しょうゆに切った根昆布を入れた昆布しょうゆ等もある。この根昆布しょうゆは、しょうゆに昆布からの粘质物が抽出されてきて独特の粘りがあり、人気を博している。
この昆布しょうゆの定着により、北海道でのだししょうゆを受け入れる地域性が出来たと考えている。さらに、昆布しょうゆは全国的にしょうゆ加工品が増えていく先駆けとなったのではないかとも思っている。

はぼまい昆布しょうゆ
真昆布しょうゆ

6.北海道のしょうゆ工场

北海道千歳市に北海道キッコーマン株式会社がある。この工場は昭和62年に建設された最大20,000k?の生産能力を持つ大規模工場で、小麦の産地である北海道の小麦を使用し、北海道や東北地方へのしょうゆの供給を目的として建設されたと聞いている。この工場は冬に気温が下がる北海道にある事から、同じキッコーマンの野田工場や高砂工場とは異なり、屋外発酵タンクではなく屋内発酵タンクで醸造している。工场见学通路も工場建設当初から設定されているだけあって、2階の通路を一巡するだけで製造工程が全て分かる様になっている。
また北海道札幌市には、しょうゆ业界10社の共同出资(现在の株主は4社)で昭和49年に设立された北海道醤油株式会社があり、この2社が北海道での主要なしょうゆ工场である。他のしょうゆ工场は规模も小さく、数社しか残っておらず、殆どが生扬げしょうゆを购入して製品しょうゆを生产する工场である。従って北海道で生产されているしょうゆは、前述の2社の本醸造しょうゆが主体で、副原料にアミノ酸液を使用する混合しょうゆは少ない。
前述の様に、北海道ではめんつゆや昆布しょうゆをしょうゆ代わりに使う文化があり、本州とは异なるしょうゆの使われ方をしている。

北海道キッコーマン株式会社