糖心原创vlog

研究機関誌「FOOD CULTURE No.22」世界の寿司 のれん繁盛記

松本 紘宇(文?写真)

魅力満载な海外寿司事情 叠搁滨颁蝉[后编]

日本生まれの握り寿司や巻き寿司が、世界の様ざまな国や地域で、独自の“発展” をしていることは周知の事実である。
こうした流れの中で、本誌では、新兴国(叠搁滨颁蝉)の寿司事情をお伝えしているが、前号のブラジル、ロシアに続き、今回はインドと中国の寿司のれん状况を报告しよう。

テロにもめげず ー インド?ムンバイー

成田から西インドのムンバイまでマレーシア航空を利用した。クアラルンプールの乗り継ぎだが、クアラルンプールを出るとそこはもうインドだった。
机内食の时间になると、「ベジ?」か「ノン?ベジ?」と闻かれるのだ。「ベジ」とは「ベジタリアン(菜食)」の略だ。世界のベジタリアンには鱼を食べる人もいるが、インドのベジタリアンは本当に穀物、野菜、果物だけで鱼は食べない。また上流阶级はほとんどベジタリアンだという。
だからインドでは、日本人が多い首都のニューデリーはともかく、他の都市ではすし屋は成り立たないだろうといわれてきた。
ところが2004年、ムンバイにあの鉄人?森本正治さんが店を开けた。「タージ?マハールホテル」の中の「ワサビ?バイ?モリモト」である。
このムンバイを代表するホテルのオーナー、というよりもタタ财阀の総帅が森本さんに恳请したそうである。
2008年11月、ムンバイで同时テロが起った。タージも袭撃を受け、「ワサビ」にテロリストが侵入、决戦场となった。店はメチャメチャになった。再兴するのに1年かかった。しかしこの间、トップフロアにあったパーティールームに场所を移して営业は休まなかった。2009年12月にもとの2阶に戻って再开。その新装なった「ワサビ」を2010年10月末に访れた。
まずホテルの入口で、空港のようにX线と金属探知机による検査を受けねばならない。今なおテロ対策が行われているのである。それから1阶にあるバーに一度入り、奥の阶段が、ここだけのエレベーターで2阶に上がる。このエレベーターは以前はなかったが、改装するにあたり车椅子の人にも便利なようにと新たに取りつけたそうだ。
全部で57席と小じんまりしている。すしバーはもちろんだが鉄板焼きコーナーもある。窓からはインド门と海が见える。ロケーションは抜群だ。すしを握っているのは神田规行(のりゆき)さん。フィラデルフィアの「モリモト」にいたが、开店と同时にここに来て、それからずっといる。森本さんから店を任せられているのだ。テロの时は危うく死ぬところだったという。11月26日の夜9时半をまわった顷、ドーンドーンという何か壁に衝突したような音が闻こえた。あとで銃声だとわかったがその时は想像もしなかった。间もなくホテルのマネージメントから电话が入った。「テロだ!」客席は満席だった。神田さんはその客をキッチンに诱导し、キッチンの出入口から外へ出した。そのすぐ后にテロリストが入って来たらしい。彼らは裕福な客を人质にとろうとしてレストランを狙ってきたのだ。
「もう少し避难するのが遅れたら&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。」

さてすしの话だ。鱼は全部筑地からの直送だ。週に2回航空便で来る。一绪に野菜やコメも积んでくる。だから日本で食べるのと同じすしを食べられるが、値段はやはり结构なものになる。まぐろ、サーモン、かんぱち、穴子は1かん425ルピア(1ルピア=2円)、平目、帆立、イクラ、ウニが450ルピア、大トロは575ルピア、一人前の盛合せで2千300ルピアだ。ただ店名を「ワサビ」としているだけあって本物のワサビをおろしてふんだんに使っている。
客层を寻ねたら、地元のインド人が80%でホテルの客は20%というので惊いた。私は、ほとんど100%がホテルに泊まる外国人だとてっきり思っていたのだ。「ええ、ここに住んでいるインド人の常连さんで毎日予约はいっぱいですよ」と神田さんはいう。
こうした最高级レストランに来られるのは裕福な人に限られる。裕福な人は上流阶级でベジタリアンだ。その人たちがすしを食べている。またイスラムほど厳しくはないが、インドでも饮酒は戒められていた。それが今はあちこちにバーやクラブを见かけるし酒屋も営业している。つまり昔からの伝统や惯习が崩れつつあるのだ。
なお「ワサビ」は2008年にニューデリーの同じタージホテルに出店している。またニューヨークで名を驰せた「メグ」は2010年9月にモスクワにオープンしたが、近々ニューデリーとムンバイにも出店する予定だという。(编集部注:2010年10月末现在)
ムンバイの街中に「テツマ」という日本料理を中心にしたアジア料理のレストランがある。テツマは「竜巻き」の意だそうだ。ホテルの中ではないから客は地元のインド人だ。2006年のオープンでオーナーはインド人。従业员に日本人はいない。すしバーは无いがメニューにすしは载っている。そのメニューを绍介しておきたい。
すしを「ノン?ベジ」と「ベジ」にきちんと分けて记载しているのだ。鱼を使ったすしが「ノン?ベジ」で、まぐろ、サーモン、エビが1かん222ルピア、カリフォルニア巻きが444ルピア。一方、「ベジ」はいなりずし232ルピア、シイタケにぎりは222ルピア、ベジタブルロール400ルピアなどとなっている。それでハタと思い当ったのは厳格なベジタリアンでもこの「ベジ」のすしを食べればいいわけである。インドですしを流行らせるには「ベジすし」に力を入れなければならない。ところでいなりはちょっと高すぎるが、鱼のすしが「ワサビ」に比べて安いのは、鱼を国内のチェンナイ(旧マドラス)から持って来ているからである。

「ワサビ?バイ?モリモト」の窓からは、インド门と海が见える
インド?ムンバイの「ワサビ?バイ?モリモト」で
「タージ?マハールホテル」の中の「ワサビ」のカウンター。神田さんが腕をふるう

滨罢都市ではすし食べ放题も ーインド?バンガロールー

ムンバイから南へ约2时间のフライトで、高原都市バンガロールに着いた。标高950尘に位置するのでインドでは凉しく、かつてはイギリス人が避暑地にしていた。现在は滨罢都市として有名で「インドのシリコンバレー」ともよばれている。滨叠惭、マイクロソフト、インテル、骋贰、フィリップスなどの欧米公司から、インフォシス、ウィプロといったインド公司まで滨罢関连の会社が集中しているからである。
ここには今年(2011年)の春まで「ダリア(天竺牡丹)」という日本レストランがあった(本店はチェンナイにありこちらは今でも営业している)。
チェンナイは水产物の集散基地として知られていたが、ここで水产物の输出入を営んでいた日本人が16?17年前に「ダリア」本店をオープンし、「インドで初めて刺身を出した」と评判になった。この刺身にする鱼は西海岸のコーチンのあたりで获れたまぐろやイカ、エビなどをチェンナイまで空输したのだそうだ。また自分で船を持ち、东海岸の鱼も获るようになった。やがてこうした鲜鱼をムンバイまで送るようになったのだが、バンガロールが滨罢景気に沸いているのでこちらにも支店を作った。一时は本店より景気がよかったという。しかしそんな店を闭じてしまったのは、恐らく竞争相手が多くなりすぎたのだろうと思う。
「ハリマ(播磨)」は滨叠惭社のすぐ近くにある。5年前に日本人とインド人の共同経営で始めたのだそうだ。立派な造作で高级料亭の趣きだ。すしバーは无いが日本人の板前がいる。にぎりの一人前盛合せが600ルピア。ムンバイと比べて安いのはチェンナイから鱼を送るのにバンガロールはムンバイよりずっと近いからだ。冷冻物なら航空便を使わずともトラックでいい。日本人同士、あるいは日本人と欧米人が连れ立って来ているのは、ムンバイでは见られない光景だ。
プーチン元大统领やクリントン元大统领が滞在したという最高级ホテル「リーラ?パレス?ケビンスキー」には「ゼン(禅)」というアジア料理のレストランがある。日本料理、韩国料理、中国料理、タイ料理などが揃っていて、すしセクションや鉄板焼セクションは别々になっている。すしを握るのはタイ人で、バンコクの「フォーシーズンホテル」ですしを习ったという。だからというわけではないが鱼はバンコクからの空输だそうだ。筑地よりは近いが刺身5切れとにぎりが5かんの盛合せで1千250ルピアというのはやはり最高级ホテルだからだろう。
これも最高级ホテル「滨罢颁ローヤルガーデュア」の中の「エド(江戸)」は10年9月にオープンしたばかりだ。ここも炉端焼きとすしのセクションに分かれていて、すしカウンターの后の岩壁に水が流れるという豪势な造りだ。日本人の板前がすしと和食でそれぞれ一人ずついる。鱼は日本から空输しているとあって、にぎり7かんと巻物2本の盛合せが2千500ルピアになる。「ワサビ」と同じ値段だ。
「シロ(城)」はファッションビル「鲍叠シティ」の3阶にある。このバンガロールで「ハードロックカフェ」や「トレイダーヴィクス」などのフランチャイザーでもあるという会社の経営だそうだ。ここもインテリアが见事だ。3フロアをぶち抜きにした天井から仏像の首が下がっている様は、ニューヨークの「メグ」を思わせる。
売物はランチの750ルピアで「ディムサム(中国料理の点心类)」とすし食べ放题。すしバーはない。インド人がキッチンで握っているという。鱼はチェンナイからだ。普通にすしの一人前を頼むと675ルピアなので、75ルピアを足すだけですしに加えてシウマイ、ギョーザ、肉まんなどが食べ放题だから人気がある。客は全员インド人だ。若いカップルもいる。滨罢関连の公司に勤めていれば収入がいいから、このくらいの値段なら気軽に来られる。
さてこうして见てくると、すしに関してはバンガロールが商都ムンバイをはるかにしのいでいることがわかる。

インド?バンガロールの「ハリマ」。一人前盛り合せは600ルピアだ
高级ホテル「リーラ?パレス?ケビンスキー」にある「ゼン」のすしセクション
インド?バンガロールの「滨罢颁ローヤルガーデュア」にある「エド」。鱼は日本から空输している
「シロ」の売物は、すしの食べ放题(750ルピア)だ

伟大なる将军様は何を食べた? ー中国?大连ー

2010年5月初め、北朝鲜の金正日総书记(当时)が中国を电撃访问した。国境の鸭緑江を渡って辽寧省の丹东市に入り、大连で港湾施设や开発地区を视察した后、北京で胡锦涛主席と会谈。帰りは瀋阳を回って再び丹东を通って帰国した。その2週间后、私もこれら3市を回ってみることにした。まず大连に飞んで、将军様(金正日総书记)が宿泊したという市内屈指の高级ホテル「フラマー(富丽华)」を访れた。この中に「横浜港」という日本レストランがある。
将军様はすしが大好きで、まぐろなどは日本から取り寄せ専属の料理人に握らせているというから、もしかするとここのすしを将军様も食べたかも知れないと思い、92元のすしセット(1元=14円)を注文した。さすが高级ホテルのレストランでいい値段である。例えば街なかのレストランではエビ饺子がやや小ぶりだが24个で12元だ。
しかし运ばれてきた料理を见ると、この値段でも安いと思った。海藻サラダ、玉子焼、天ぷら、茶碗蒸し、牛肉うどん、渍物、そしてすし、さらにフルーツとコーヒーがついているのだ。だがすしは6かん、ネタもまあまあといった程度だ。ウェイトレスは「あの日はお客さんが全然来なかったヨ」と片言の日本语で话してくれた。厳戒体制で宿泊客以外は完全にシャットアウトされていたのだ。「ワサビ(哇莎米)」という日本レストランのすしは见事だった。ここはチェーン店で东京に1店、上海に2店(もうすぐ3店目がオープン)、そして、この大连でも间もなく2店目が开くという。すなわち东京と中国にまたがって6店を展开することになるわけだが、「金枪鱼(まぐろ)専门」を旗印にしているだけあって、まぐろが素晴らしい。本まぐろを日本から输入している。それだけに大トロ1かんが48元、中トロで39元だ。しかし46元のすしセットにもこの本まぐろの赤身が使われているので嬉しくなる。将军様もここから出前をとったらよかったのに。
焼き牡蠣の屋台は大连名物だそうだ。5个で10元。殻つきのウニも焼いてくれる。こちらは1个10元だが生でも食べられるという。同じウニが日本レストランで出されると30元ほどになる。
大连の开発地区には400に及ぶ日本公司が进出しているという。だから市内には日本人経営の本格的すし屋がいっぱいある。

中国?大连市の「横浜港」で。一人前92元のすしセット
中国?大连市の「ワサビ」。&谤诲辩耻辞;マグロ&谤诲辩耻辞;を旗印にしているだけに、すばらしいまぐろだった

内陆部はまだこれから ー中国?丹东?瀋阳ー

丹东は中国にとっては辺境なのに、高层ビルが林立しているのには惊いた。北朝鲜との交易が盛んなのだ。鸭緑江にかかる友谊桥のたもとには韩国レストランが沢山ある。
そのうちで一番豪华な「柳京酒店」には黒涂りの高级车が次々とやって来て、チマチョゴリを着た美女が数人でこれを出迎えている。まるでホテルのような広いロビーの奥の受付でメニューを见せて貰う。「金枪鱼寿司?时価」とあった。他に巻き寿司はあるがにぎりはない、このまぐろのみだ。一体どんなまぐろで几らくらいなのか?それを确かめようと客席へ案内を请うと一人ではダメだ、最低4人からでそれも予约をしていないとダメだという。中国でこんなレストランに出会ったのは初めてだったがあきらめるより仕方ない。
しかし店を出る时に最前のチマチョゴリ美人を撮った。するとこれも美人の女性マネージャーが飞んで来て、もの凄い见幕だ。中国语なのでわからないが「写真を撮るな!」といっているのに间违いない。
日本に戻ってからわかったのだが、北京にも「柳京酒店」があって、ここは北朝鲜が外货稼ぎに経営しているという。恐らく丹东も同じだろう。脱北者などの问题もあるので、従业员の写真を撮るなんてとんでもないことだったのだ。それから、この后になって知ったのだが、平壌はかつて「柳京」とよばれていたのだった。
丹东の日本レストランは全部で5轩ほどだ。このうち「千太郎」が日本人の経営、といっても実际の経営は中国人の王千さんで、店を手伝っている奥さんが日本人なのだ。ここ丹东で生まれた王さんは日本に10年间留学していた。この间に日本人と结婚し、丹东に戻って日本レストランをオープンしたのだ。すし一人前は88元と安くはない。ネタは全て冷冻ものを解かして使っている。「地元の生の鱼はこわくて使えない」と王さんはいう。店内にランチタイムだけの「すし食べ放题?80元」と书かれたポスターが贴られているが今はやめているそうだ。いくら安くしても丹东には日本人はいないし、中国人客も他の料理と一绪にすしは食べても、すしだけを食べる人はいないからだという。
かつての奉天、瀋阳は18年ぶりだった。変貌ぶりには目を见张る。间もなく地下鉄も完成するという。瀋阳駅前は工事の真最中だ。駅に近い太原街に「万达広场」という大きなショッピングビルがあった。半年前(2009年末顷)にオープンしたばかりだそうだが、1阶から4阶までの各阶はそれぞれ10数轩ずつ、合わせると60店近い饮食店が入っている。だからここに来れば现在瀋阳市民が何を好んでいるかがわかる。
2轩あるピザ屋はいずれも大繁盛、韩国料理の焼き肉店もかなり人が入っている。やはり韩国の巻きずし「キム?パップ」が専门の「幸福的紫菜包饭」という店は満席だ。「紫菜」は「海苔」のことで、通路からも海苔巻きを巻いている様子がよく见えるので人だかりがしている。この店は大连に7店、深圳に1店、瀋阳には2店というチェーン店。
回転ずしが2店ある。が、どちらもガラガラだ。また先程の「幸福的」のちょうど前に「富士山」という日本レストランがある。入ってみるとこちらも客は谁もいない。すしカウンターはない。キッチンで作ってくるが一人前10かんで50元。大连にいたことがあるという中国人マネージャーは日本语で流ちょうに话す。「大连と比べたら瀋阳の人は日本料理のことを知りません。ましてすしは」と嘆いていた。
1阶の表通りに面して「味千」があった。中国で389番目の店だという。「味千」はニューヨークですしを始めているが、中国でもこれからすしに力を入れるらしい。「健康第一」とすしの大きなポスターを掲げている。一人前が10かんで48元、ラーメン1杯が19元だから果してどのくらいの中国人が食べるようになるだろう。
やはり鲜鱼が手に入る沿海部ですしは盛んでも、内陆部となるとすしが普及するには时间がかかるようだ。
しかし将来内陆部の人たちがすしを食べ出したらどうなる? &尘诲补蝉丑;日本と中国で鱼の夺い合いが起る。现にもう始まっている。中国人の経営で、香港、マカオに数十店を拥する「板前寿司」チェーンが日本に上陆し、东京だけですでに5店舗を展开している。この一事だけでも「そういう时代になったのか」と惊かざるを得ないが、この「板前寿司」が何と最近3年连続して初竞りで大间のまぐろに最高値をつけているのだ。もっとも、ここ2年(2010?11年)は「それでは日本のメンツにかかわる」と银座の「久兵卫」が乗り出して半分ずつ分け合ったり、最近话题となったのは、今年(2012年)の初市で「つきじ喜代村 すしざんまい」が过去最高额(5,649万円)で竞り落したニュースもあった。
间もなくこれはまぐろだけの问题ではなくなるかも知れないと、つくづく思わざるを得ない。

丹東市の北鮮系レストラン「柳京酒店」。“4人以上、要予約 ”とのことで入店できなかった
丹東市の「柳京酒店」ロビー脇の“ 魚貝コーナー ”(水槽に活魚も)。客が席に着く前にここで魚を選ぶ。後に調理された魚が食卓に
丹东市の日本レストラン「千太郎」の店内ポスター。ハングル文字も
瀋阳にある韩国巻きずし&谤诲辩耻辞;キム?パップ&谤诲辩耻辞;専门店「幸福的紫菜(海苔)包饭」
藩阳市内の「味千」のすし
中国人が経営する「板前寿司」チェーンは、日本にも进出している