研究機関誌「FOOD CULTURE No.15」「寿司の国際化」30か国35都市 100店舗あまりの寿司店探訪の報告
「寿司の国際化」30か国35都市 100店舗あまりの寿司店探訪の報告
本誌に「世界の寿司のれん繁盛记」を执笔された松本紘宇先生(寿司店オーナー兼食文化研究家)を讲师に、10月12日、「キッコーマン国际食文化セミナー」が开催されました。「寿司の国际化」と题して、世界30か国を超えるお寿司屋探访の成果や里话などのお话しを要约しました。
すしポリスがやってくる
今年の春顷、「寿司ポリスがやってくる」という奇妙な噂が世界の寿司屋のあいだに拡がり、大騒ぎになったようである。
世界中にある日本レストランを、日本政府が认証してお墨付きを与える制度を作ろうというのが騒ぎの始まりだったのだが、世界中から反対があり、これは取り止めになったようである。その一方で、推奨制度ではどうか、ということで话しは続けられているようである。
そもそもの始まりは、日本の农水产物や加工品を世界中に输出したい、そのために店を认定し、そこを基点に日本の农水产物の输出拡大を计ろう、ということだったようだ。
では现在、世界中に日本レストラン=いわゆる日本食を出す店の数はどうかと调べてみると、北米が1万店、中南米に1500店、アジアは6000から8000、オセアニア?豪州?ニュージーランドは500から1000店。中东に100店、欧州が2000店にロシアには500店(いずれも农水省调べ)というような数字がある。だが、これにはたとえば、南アフリカ(ヨハネスブルクやケープタウン)の30店などが抜けているようだ。以上の数には、中国人(①の写真)や韩国人がやっている日本レストランや、さらにラーメン屋なども入っているかどうかは、判断が难しいと思う。
それでは、世界中におよそ20000から23000店ある日本レストランの中で寿司を出している店の数を知る唯一の方法として、次のようなアメリカで行なわれたことがある调査をあてはめてみようと思う。
过去(1990年度)の调査で若干古いが、北アメリカ全域にある日本レストランのおよそ66%の店が寿司を出しているという数字がある。しかし、私には、この「66%」という数字は少なめだと実感している。今はもの凄い寿司ブームが巻き起こっていることから、80%まではいかないが、现状では70%を超えているのではないかと思っている。
これを根拠とするならば、日本以外の世界中にある寿司屋、寿司屋といっても他の料理を出しながら一部カウンターを设置している店も含むとした场合、およその数は14000から18000店ぐらいということになる。ちなみに、日本国内にある寿司屋の数となると、约45000店といわれているのが相场である。
世界の食材から生まれる寿司文化
③の写真は、私がベルギーで共同経営している店?「竹寿司」で握った寿司である。
しょうゆを含めてこの写真の寿司の食材の「出所」を调べてみよう。まずしょうゆだが、ベルギーの店で出しているしょうゆは、キッコーマンの业务用のしょうゆである。パッケージには各国语で生产国が书かれている。キッコーマンは、现在世界6か国に工场を持っており、いままでベルギーにはシンガポールの工场で造られたしょうゆが入ってきていたが、1997年秋、オランダに工场ができたので、オランダから输入している。
ちょっと横道に逸れるが、②の写真は家庭用のしょうゆの写真である。下から4段目に「ネーデルランド(オランダ)で造られた」と书いてある。これはベルギーの一般的な日本食品店で売られているものだ。
寿司酢であるが、この酢は「プロダクト?オブ?UK」とあり、ミツカンがイギリスで造っている业务用の酢である。「ガリ」つまり生姜は、これは中国产である。日本の「かねふく」という会社が、中国に委託生产して作ったものを、各国に输出している。海苔も中国产である。「山本山」が中国で作ったものである。また、写真には写っていないが、山葵は粉山葵を使っている。この粉山葵は、なんとアメリカ产である。
さて、③の写真の寿司种はトロ、マグロ、スズキなどである。パリのランジスという大きな市场でベルギー人の鱼屋が买い付けてくる。欧州が统合されたので、ほぼ毎日、买い付けができるようになった。トロ、マグロは地中海产である。イクラとホッキ贝、甘エビはカナダ产。ウニはノルエーから、アナゴは韩国产である。アナゴが切れたときは、ベルギーで捕れたウナギを蒲焼风に煮て使う。时々、中国产のいわゆる蒲焼の冷冻物を使う时もある。このように、一つ一つ见ていくと、日本产はゼロということになる。逆な见方をすれば、このように色々な国から食材を调达することができるようになったお荫で、寿司は世界中に広まった、ということもできる。
カリフォルニア米の杰作「国宝」
次に、寿司には欠かせない米である。海外で最初の寿司ブームはアメリカだったろう。その理由は、カリフォルニア米があったからだろうと思う。もしカリフォルニア米がなくて、日本から输入していたなら、米だけでも5倍から10倍の値段となってしまうだろう。カリフォルニア米があったので、安い寿司ができたのである。
カリフォルニア米の作付けが始まったのは、19世纪の中顷である。サンフランシスコを中心に始まったゴールドラッシュの时代に、中国からの多くの移民がやってきた。これらの移民は、金の採掘や大陆横断鉄道の敷设に従事したのであるが、彼らの主食は米で、中国から输入していた。そんな时カリフォルニアの农业関係者が、アメリカ国内で米を生产すれば大きな利益が得られるだろうと考え、カリフォルニアでの米作りが始まったという。アメリカ南部ではすでに长粒米、いわゆるインディカ米は作られていたが、カリフォルニアは北にあって栽培が难しい。そこで日本から种籾を持ち込み、ジャポニカ米を作った。しかしアメリカではパラパラの米を好むので、日本米では市场性がない。そこで今度は北方の日本米、つまり短粒米と米国南部の长粒米を掛け合わせて、1948年、いわゆる中粒米という中间の大きさの米を作り出した。カリフォルニア米诞生である。
これはよく売れたが、日本人にとってはやはりポロポロし过ぎて不评であった。その后、「ライスキング」と尊称された日本からの移民の方の努力で、1962年、「国宝」という名の、一等米が作られた。この「国宝」米が评判になり、日本レストランでも使われるようになった。それだけでなく日本レストランの数も増えるなど、结果として寿司に使える米が、アメリカに诞生したのである。
话しは飞ぶが、1993年、日本では冷害で米が获れず、世界各国から米を紧急输入する騒ぎがあった。そのとき、カリフォルニア米も输入されたが日本での评判は良くなかった。それは、いわゆるレギュラー米が输入されたからだ。一ランク下の米だった。しかし「国宝」米というのは、プレミアム米と呼ばれる上级の米で、日本では一等米にあたる。あのとき「国宝」米が输入されていたら、日本でのカリフォルニア米の评価も违ったものになっていただろう。现在では「国宝」米でも饱き足らず、日本からの「あきたこまち」や「コシヒカリ」の栽培まで行われている。ちなみに、私のベルギーの店「竹寿司」では、カリフォルニア米のうちの「锦」米を取り寄せて使っている。
南米の米、ヨーロッパの米
世界最大の水田地帯がブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの3か国に跨がっている。
なにしろ凄い!见渡す限りの水田である。この中にある「ジョアキン?オリベイラ」という米生产会社の田圃は1万ヘクタールもある。日本の农家の平均面积が1ヘクタールなので、この会社の大きさが解るだろう。
もちろんこの一帯では、この会社だけでなく、他の団体や个人が米を作っている。
ブラジルのサンパウロには、「吉田米」というのがある。これは驰碍碍のブランドで知られる「吉田工业」が现地の社员のために栽培している米で、なかなかおいしいので、社员に供给した残りを市场に出している。すぐに品切れになるほど评判がいい。
ブラジルでは、新米が获れて3か月も経つと味がガックリと落ちる。これは土壌が関係しているらしい。そこで、年间を通して味の変わらないカリフォルニア米を输入していて人気がある。
④の写真は、イタリアの米作の风景である。かつてソフィア?ローレン主演の映画「苦い米」の舞台となったポー川の流域で、「あきたこまち」が委託栽培されている。ローマにある「六甲」という日本レストランのオーナーが、日本から种籾を持ってきてイタリアの农家に委託しているのである。ここで获れた米がヨーロッパ各地に出荷されている。
⑤の写真は、ブリュッセルで见かけたもので、「玉锦」というブランド米である。「みのり」という米は日本の大仓商事がスペインの农家に委託して作っている。普通は20キロ袋入りで、ベルギーの日本食料店でも売られている。スペインのバレンシア地方の有名な料理に「パエリア」がある。日本流にいえば、地中海の鱼介类を入れた「炊き込みご饭」ということになる。こうした伝统料理があるくらいだから、バレンシア地方も昔から米どころだったのであろう。そうしたことから、スペインでもおいしい米作りが行なわれている。オーストラリアのリートンでも稲作が盛んである。カリフォルニア米の种籾を输入して作られるようになり、香港や南アフリカなどに输出されている。もちろん现地の日本レストランでも使われている。
寿司ネタの里话
1.のり
海苔は英语で「シーウィード」である。直訳すれば「海の雑草」ということで、かつてアメリカ人は「雑草など食べるものではない」といっていたが、海苔が寿司に使われていたり、ヘルシーな日本食に海苔が出てくるなどで、健康にいいと解ったようだ。いまは「シーベジタブル=海の野菜」と、呼び方まで変わってきた。また、かつてイギリス人が「ひじきには砒素が含まれているので、食べてはいけない」という警告を出した。彼らはひじきを生の状态で炒めたりして食べるが、日本ではひじきは一度乾燥させてから调理するので、この心配はない。これはまさに、食文化の违いであるといえる。
2.わさび
海外のほとんどの日本レストランでは、「本山葵」を使ってないといえる。一部の高级店でチューブ入りの山葵を使っている。ほとんどの店では「ホースラデイッシュ」あるいは「西洋ワサビ」、「ワサビダイコン」の类を使っている。どの国でも植物の検疫がやかましく、日本から持ち込むためには、それなりの时间と费用が掛かり、当然売値も高くなる。ちなみに日本では、チューブ入りの山葵の场合、本山葵50%以上入っているものには「本山葵使用」と表示され、未満だと「本山葵入り」とか「本山葵が入っています」などと表示される
3.鱼の代用品
寿司に使うネタであるが、鱼が获れなくなると代用品で补う场合がある。
⑥の写真の「ティラピア」というアフリカ产の热帯鱼は、日本では「チカダイ」や「イズミダイ」として鯛の代わりに使われている。知らずに食べている人がいると思う。
寿司ではないが、⑦の写真の「ナイル?パーチ」というビクトリア湖で养殖されている鱼は、ホテルのバイキングのフライなどに使われている。
また、「ウミヘビ」は「アナゴ」の代用品となる。これなどはまだ许せるとしても、养殖の「ハマチ」などはちょっとこわい。というのは、「ハマチ」を养殖していると、なかには奇形の鱼も出ることがある。しかし、それをおろしてしまえば、判らなくなる。トロやネギトロなどの场合、植物油を混ぜるとか、いわゆるクズ肉に植物油やマーガリンを混ぜるなど业者も工夫している。実际にはトロではなく、油が混じったものだけだったということも考えられる。だからあまりにも安い店というのは、注意が必要である。
4.寿司と宗教
ユダヤ教では、鳞のない鱼やヒレのない鱼は食べてはいけないなど、いろいろな戒律がある。
私が初めて出店したニューヨークの「竹寿司」で、最初の客がユダヤ人であった。ユダヤ人は金持ちが多く、开店当初、彼らがよく食べに来てくれたので本当に助かった。ユダヤ教にもいろいろな宗派があり、厳格な宗派の人にいわせると、とんでもないことなのかも知れないが、とにかく助かった。
⑧の写真には「コウシャ」と书いてある。ユダヤ教の「コウシャ食品」というのは、神圣な食品を意味し、ユダヤ人が口にしてもよいものである。「ラビ」と呼ばれる牧师または僧侣のような精神的な指导者がいて店に常驻している。そしてこの店ではインチキなものは売っていない、戒律にそった食品しか使っていないことを証明してくれる。そのため、ネタの种类は少ないし、値段も高い。値段の高いのは、この「ラビ」の给料も含まれているからだ。
すし普及の影の立役者
寿司が世界に広まった要因の一つは、回転寿司と寿司ロボットの机械が発明されたからだと思う。これらの机械は、寿司普及の影の立役者ということができる。
写真⑨は、ワルシャワの回転寿司屋である。外国では、回転ベルトがドーム型の覆いでおおわれている。雑菌などが入らないようにしてあるわけで、公众卫生上の决まりである。この店には、回転ベルトに接してテーブル席が70席ある。
石川県のベルトコンベア会社が作ったが、会社の人たちは、この70席がワルシャワに行くことなどありえないと思っていたということだ。
オランダの回転寿司屋では、途中に「跳ね桥」があって、お国柄がよくでていた。また、オーストラリアの寿司屋では、寿司を模型の汽车に乗せて运んでいたので「寿司トレイン」と名付けていた。しかし、现在はベルトに変えたが、店名はあいかわらず「寿司トレイン」である。
ドバイにある有名なリゾートホテルグループ「ジュメイラ」のホテルは、7つ星だといわれている。普通のホテルの最上级は5つ星なのでその高级さがわかる。そのグループの中の一つのホテルが作った回転寿司の店は、ほんとうに豪华でゆったりとしていた。ずいぶん世界のあちらこちらの回転寿司屋を访问したが、これほどすごい回転寿司屋はなかった。
続々生まれる「寿司の新种」
世界中に寿司屋が増えると、それにつれて変り种の寿司が生まれる。
⑩の写真は「キャタピラー?ロール」という。アボカドをスライスしたもので巻いてあるだけだが、その形がキャタピラー=青虫に似ている。「青虫ロール」では食欲が减退してくるが、「キャタピラー?ロール」ならなんとかなるだろう。
?の写真は、「レインボー?ロール」である。レインボー=虹の部分はマグロ、サーモン、白身鱼などを薄く切って作る。「ドラゴン?ボール」というのもある。これは鰻の蒲焼で巻いたもので、龙の背中に似ていることから名付けられた。
「スパイシー?ロール」は、しょうゆにタバスコや唐辛子などの香辛料を混ぜ込み、そこにマグロの切り身を渍け、ズケマグロのようにする。それを巻いたものである。
中国では北京ダックを巻いた「北京ロール」がある。私が最初に中国へ行ったとき、チキンを巻いたものが出てきたので、これはいずれ北京ダックを巻くだろう、と思っていたが、その通りになった。
超高级という意味での変り种では、「キャビアの寿司」(?の写真右)がある。これで18ドル、约2000円ほどである。?の写真の左のトロは9ドル、1000円ちょっとする。2つで3000円を超えるというわけである。また、ニューヨークにある「マサ」という寿司屋は、一人だいたい300ドルから500ドルの超高级寿司を出す。フォアグラ、トリュフ、キャビアなどを使ったり、鱼は全部筑地から航空便での直送ということで、高额にならざるを得ない。
さて、いままでお话ししてきたように、日本の寿司は世界中に定着しつつあり、その国の食の事情にマッチするように変身しつつある。しかし、こうした変身こそが真の「食文化の国际交流の証」だと思っている。これから世界各国で、寿司がどのような受容と変容がもたらされるのか、注意深く见守っていきたいと思う。

1942年东京生まれ。东京大学农学部卒业。サッポロビール入社。1969年に退社后、ニューヨークへ渡る。レストラン「日本」の仕入れ係の仕事がきっかけで、鱼卸商に従事。1975年、ニューヨークで最初の寿司専门店「竹寿司」を开店。现在、「ベルギー竹寿司」経営のかたわら食文化研究家として世界各地を取材。着书に『お寿司、地球を廻る』(光文社)、『おいしいアメリカ见つけた』(筑摩书房)、『ニューヨーク竹寿司物语』(朝日新闻社)、『サムライ使节団 欧罗巴を食す』(现代书馆)、『ニューヨーク変わりゆく街の食文化』(明石书店)などがある














