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-よみもの-
「焦げた夏」の、ところてん【第17回】
郷里?高知の、中学一年と二年(1960年,1961年)の夏休み。8月1日から30日まで、わたしは氷配达のアルバイトに励んだ。
あの时代の高知で、眩いばかりに白く见えた「电気冷蔵库」を展示していたのはデパートか繁华街の电気店だったと记忆している。
家庭にあったのは断热性の高い、焦げ茶色した木製冷蔵库だ。内に収めて中身を冷やす氷を、半袖シャツと半ズボン姿で毎日配达した。
一贯目(3?75キロ)の横长の氷を、配达先台所の土间などで半分に切り分け、二个を冷蔵库に収めるまでが仕事である。
氷を切り分けたあとは、まな板に飞び散った氷クズを、持参した鉄コップに集めた。
配达自転车にまたがる前、溶けた氷クズを呑み干した。冷たいだけの水が、夏日で焦がされた身には、なんとも美味かった。
配达の仕舞いは「おばやん」と呼んでいた、店主のおとみさんがひとりで商う駄菓子屋である。纳めるのは四贯。冷蔵库は大型だが、商いで使うかき氷机は五百匁しか乗らない。八个に切り分けて纳めた。
飞び散った氷クズもアルミのボウルに集めて冷蔵库に。
これで午前中の仕事は终わりだ。空腹をところてんで満たすのが、毎日の楽しい决まりだった。
バイト代は朝9时~午后4时までで日当50円。そのなかから10円を、一杯5円のところてん二杯分に遣った。おばやんは二杯をまとめて、どんぶりで拵えてくれた。
当时の高知のところてんはだし汁で食べた。鰺だしの浓い汁は、どんぶりの底が透けて见えるほどに澄んでいた。
おばやんはどんぶりの真上で、二个分をひと息で突いた。てんぐさたっぶりのところてんは澄き通った黒色だ。汁と混ざり合っても、はっきりと见えた。
仕上げはショウガ。おろし金ですりおろされた土佐名产のショウガは香りも高く、黄色がところてんの上で辉いているかに思えた。
「もう、食べてもええきに」
おばやんのゆるんだ目元を见るなり、両手でどんぶりを抱え持った。そしてショウガと汁とを混ぜ合わせた。
澄んでいても鰺だしと醤油は味が浓い。しかしショウガも负けていない。汁の美味さを喉に流してから、どんぶりを卓に戻した。そして一気にところてんを味わった。
夏日を浴びながら氷运びを続けた身体に、ところてんと汁とが染み渡った。
一杯5円のところてんを、二杯も食べられたのだ。存分に働いてくれた身体への、なによりのご褒美だった。
あれから六十余年が过ぎた、2026年厳冬の元日。こたつに足を入れて、ところてんを赏味した。
汁はカミさんが仕上げた鰺だしだ。
「真夏やのうたち、真冬もうまいきに」
不意に思い出したおばやんの言叶で高知のあの夏を、こたつに差し入れた足が感じ取っていた。
INFORMATION
そのコンテストに寄せて、直木赏作家の山本一力さんが书き下ろしたエッセーをお届けします。
「焦げた夏」の、ところてん【第17回】
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