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-よみもの-
第3回 入赏
焼き蛤を食べたがよ
「坂本龙马は、桂浜の焼き蛤が好きやき、ちんまい顷に乙女姉さんに连れてきてもろうて食べたがよ。」
と、露天商のおじさんは、ついこの间、龙马に焼き蛤を食べさせたような口调で言った。
四十数年前の小春日和のその日、妻と桂浜を见下ろす龙马の铜像の方へ向かうと、何とも食欲をそそる香ばしい匂いが流れてきた。
その匂いに引き寄せられて、铜像前の広场まで行くと、おじさんがこんろの上の金网に五、六个の蛤を乗せて焼いており、时々、贝が势いよく弾けて、贝汁が泡を立てていた。
匂いに寄せられた新婚のカップル达が、次々に注文すると、おじさんは焼き上がった蛤にガラスビンの醤油差しから一滴の醤油を垂らして
「げに、まっことこの蛤を食べてみいや、龙马とおりょうさんみたいに仲ようなるき。」
と満面の笑颜を浮かべながら渡していた。
カップル达は身を寄せ合って
「わーおいしい」
などとはしゃぎながら食べ そのうち、何组かのカップルはお代わりを注文して、少し醤油をけちっている様子のおじさんに
「お醤油をもう一滴多くして」
などと言っていた。
私と妻は、もう我慢の限界をとっくに过ぎていた。
「おじさん、二つください。」
と言った。そして焼きたての蛤を受け取って龙马像の脇のベンチで大事に、大事に、そして少しづつ食べた。食べ终わると妻と无言で颜を见合わせた。それは、お互いに
「もう一つ食べたいね。」
との表情であった。
しかし、私达は全てのお金をこの新婚旅行につぎ込んだので、この楽しい旅から帰ると厳しい新生活が待っていた。
当时、渋谷の恋文横町で中华そばが八十円で食べられたのだから、一个百円の焼き蛤は私达にとって余りにも高価であった。
二人は、黙っておじさんに小皿を返して、焼き蛤の匂いのしない浜辺へと远ざかった。
波打ち际で、小さな贝殻を拾って游んでいる妻を眺めながら、
「よーし、顽张って働いて、何时かこの桂浜へ来て焼き蛤を腹一杯食べよう。」
と誓った。あの日から、醤油にからまった蛤の味は、極上のまぐろの刺身より、霜降りの牛肉よりもおいしい记忆になった。
定年退职の初春、妻を连れて焼き蛤を食べに桂浜へ向かった。
しかし、あの时と同様に坂本龙马が桂浜の向こうの太平洋を眺めていたが、付近一帯をどんなに探しても焼き蛤の露店を见つけることはできなかった。
そして、未だに龙马が焼き蛤が好きだったという话の真否も定かでない。
INFORMATION
「焼き蛤を食べたがよ」
澤田 俊迪さん(東京都)
※年齢は応募时
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