Readings
-よみもの-
第3回 入赏
神様からのおにぎり
幼い顷、よく母に连れられて町のお祭りに参加し、山车を引いた。母は私に「山车には神様が乗っている」と言い、私はそれを信じていた。
山车を神社まで引き终わると、毎年そこでおにぎりが二つ振舞われた。それは笹の叶を模した纸に包まれた上品なおにぎりで、中身は梅干しとおかかだけだったが、それらが海苔の香りとご饭のほんのりとした甘みが引き立てており、まさに絶妙な味わいだった。その味は大人达の间でも人気だったらしく、
「お祭りで貰えるおにぎりは美味しい」と町で评判になっていた。私はそのおにぎりを、神様からの赠り物だと信じていた。山车の中にいる神様が、私达に优しくてくれているのだと思っていた。
私の年齢が二桁になる顷、私の一家は东京に引っ越した。车で新しい家に向かう际、私は母に、これから行く街でもお祭りでおにぎりが食べられるかと闻いた。すると母は、あのおにぎりはあの町で评判のお弁当屋さんが作ったものだから、まったく同じものは食べられないかもねと笑った。それを闻いて初めて、私はあのおにぎりは神様の赠り物ではなかったのだと知った。
それから更に十年が経ち、大学に进学した私は、毎週のように研究室で彻夜する日々を送っていた。夜十二时を过ぎると、决まって友人达と夜食を求め近所のお惣菜屋さんを访れた。私达が行く时间にはもうお弁当やお惣菜はほとんど売り切れていて、店内にはおにぎりしか残っていない。しかし大学の近辺には他にコンビニ等はなく、深夜までやっているそのお惣菜屋さんは本当に有难かった。そのお店のカウンターにはいつも无爱想なお婆さんが一人で座っていた。毎週のように通っていたにも関わらず、通い始めて半年を过ぎても言叶を交わしたことはほとんどなかった。
ある初冬の夜、いつものようにそのお総菜屋さんを访れると、店のシャッターが降りていた。この店が闭まっているのを初めて见たので、私达は惊いて店に近づいた。するとシャッターの前にいつもは无い小さな椅子がちょこんと置いてあり、その上には私达の人数分のおにぎりと、繊细な字で书かれた置き手纸があった。
『今日は体调がすぐれないので早目に店を闭めます。おにぎりが冷えているかもしれないので、温めて食べて下さい』
その手纸を読んで初めて、あのお婆さんが私达のためだけに店を遅くまで开けていた事に気付いた。また同时に、このおにぎりも、そしてあのお祭り后のおにぎりも、やはり神様からの赠り物なのだと知った。
私达は気付かぬうちに、谁かに优しくしてもらっている。そんな当たり前のことに、おにぎりを通して、この年になってようやく気付いたのだった。
INFORMATION
「神様からのおにぎり」
滝澤 和弥さん(東京都)
※年齢は応募时
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