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-よみもの-

第14回 一般の部(エッセー)优秀赏

母の日のローストチキン

私が幼い顷、家庭は大変贫しかったです。
父はサラリーマンで、子供は男の子ばかり叁人で、私は末っ子でした。
父の考えは、女房は家に居て、家庭を守れと言う古い考えの人でした。
そもそも母は身体が丈夫ではなく、外の仕事には出られないので、空いた时间に内职の仕事をしていました。
おそらく、父の収入だけでは生活が苦しかったのだと思います。
仕事の内容は袋詰め作业でした。
父が帰宅する时间までには内职を终える様にし、父が帰宅してからは内职をする事はありませんでした。
想像になりますが、母は内职の事を父に知られない様にしていたのかもしれません。
母は限られたお金の中でやりくりしていたと思います。
父、子供の必要な物は、切り詰めて买っていました。そして、父と子供には、决して豪华ではありませんが、许せる限りの食事を作りました。
そのため、本当に自分の物は必要最低限の物しか买わない人でした。
また、自分の昼食は慎ましく済ませていた様に记忆しています。
それなのに父は毎晩、晩酌をしていました。キリン瓶ビール1本とサントリー角瓶を1メモリ(角瓶の柄1マス分)
私は、父にも感谢をしていますが、お金のかかる晩酌をする父が嫌でした。

そんな母の一番好きな食べ物は鶏の骨付きもも肉の照り焼きでした、今で言うローストチキンです。
でも、しばらく食べていないのを知っていた私は、次の母の日に、何としてもローストチキンをプレゼントして、食べてもらいたいと考えていました。
昭和36年顷の话です、かしわ1本が定かではありませんが、100円前后の価格ではなかったかと思います。
私は小学校1年生で、お小遣いはまだもらっていませんでした。
ふだんは、母の市场への买い物について行き、駄菓子屋で何かを买ってもらっていたので、自分で駄菓子屋に买いに行く事はまれです。
駄菓子屋に行くと嘘を言って、5円か10円を母からもらい、駄菓子屋で使わない事を重ね、何とか5月の母の日に间に合う様にお金を贮めました。
母に嘘をついているのが嫌だった事を覚えています。
そして、待ちに待った母の日にローストチキンを买い、プレゼントをしました。
母は、惊きながら「お金はどうしたの」と闻きます。
私は、駄菓子代の5円、10円を贮めていた、嘘をついてごめんなさいと言うと母は泣き出してしまいました。
そして、ありがとうと言って、美味しい、美味しいと言って食べてくれました。
私は、母が大好物のローストチキンを本当に嬉しそうに食べている姿を见て涙が出るくらい嬉しかったのを鲜明に覚えています。
母が他界して今年で33年、今年私は、母が旅立った年齢になりました。
あなたの优しさの中で育まれた事を决して忘れることなく、これからもあなたへの感谢の気持ちを持って生きて行きたいと思っています。
本当に、あなたの子供に生まれて来て良かったです。
ありがとう、お母さん。

INFORMATION

第14回 一般の部(エッセー)优秀赏
「母の日のローストチキン」
田中 弘之 たなか ひろゆき さん(千葉県?69歳)
※年齢は応募时

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